第5話 暗号解読

 マヌケな大人たちが小学生の自分に教えを乞う。そんなシチュエーションが気に入ったらしく、さくらは満足そうに微笑みながら、「ちょっと貸して」と、月丸の手帳とボールペンを手に取ると、暗号の数字の最初の四桁の『1969』を丸で囲んだ。

「これ」と、ボールペンの尻で叩いて、まだわからない? とばかりに大人たちを見回す。ませたその表情。なるほど、これは月丸家の最終兵器だなと思い、天王寺は密かに苦笑した。

「1969……あ!」

 先に気づいたのは多恵だった。

「もしかして西暦?」

「ピンポーン! それで、次の『721』は7月21日って意味なんじゃないかと思って、ネットで調べてみた」

「あ、そうか!」

 そこでようやく気がつき、月丸はノートパソコンの検索エンジンに『アポロ11号』と打ち込んだ。

「正解」

 教え子に対するようにさくらが褒める。

「でも、残りの『256』は?」

「アポロ11号といえば何?」

 ここまでヒントを出したのに、まだわからないの? とうんざりしたようにさくらはため息を吐く。

「ニール・アームストロングが、月面に着陸した時刻なんじゃない?」

 多恵が横から口を出すと、さくらが「さすがママ」と言うものの、その声は「あっ!」と驚く月丸の声で掻き消された。

「天王寺、これ……」

 月丸が言わんとすることを天王寺は理解した。

「何?」

 さくらと多恵が不審そうに問いただしたため、「いや、見事な推理だと思って。それで?」と、月丸は慌てて誤魔化し、娘に話を進めるよう促した。

「で、この数字の暗号が月を表してるなら、もうひとつの『太陽は消された』は、『月に隠れて見えなくなった』って意味になって、皆既日食なんじゃないかって思ったの。どうですか、先生?」

「お見事」

 一応、『出題者』ということになっているため、天王寺は拍手をして称えた。厳密には、皆既日食という答えは無理矢理に思えたけれど、それはどうでもよかった。肝心なのは数字の暗号が解けたことだ。

「他に問題はありませんか?」

 やる気満々の様子を見せるさくら。天王寺の代わりに月丸が答えた。

「これが新作の目玉になる暗号だったのに、さくらがあっさり解いちゃって、先生はへこんじゃってるよ。パパが慰めるから、ママと一緒に家の中に入ってなさい」

 父親の話をさくらは真に受けたらしい。

「ごめんなさい、もうちょっと考えるフリをすればよかったですね」

 眉間に皺を寄せて天王寺に同情すると、多恵と一緒に家の中に入って行った。

「慰められちゃったよ」

 苦笑いを浮かべる天王寺に、「ああでも言わないと追い払えない」と、月丸は詫びた。それからパソコンを操作して、人類で初めて月面着陸したアームストロング船長が発した、『これは1人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩である』という有名な言葉を表示させた。

 それは10年前、ムーンリバー計画の正式クルーたちが初めて一堂に会したとき、西園寺がプロジェクターでスクリーンに映し出した言葉だった。あのとき西園寺は、

『火星に人類で初めて降り立って、同じ言葉を残すのが僕の夢だ。ムーンリバー計画は、そのための大事な布石になる』と語ったという話は、月丸が地球に戻ってから書き、ベストセラーになったノンフィクション本『ムーンリバー計画の真実』にもしっかり記されている。

「あのとき、俺たちが集まったのは、大磯にある西園寺さんの屋敷だった。この暗号は、その屋敷に行けってことじゃないか?」

「かもしれないな」

 天王寺は頷いた。

「そこへ行けば、もうひとつの『太陽は消された』ってほうがわかるのかもしれない。今から行ってみるか」

「そうだな」

 ここから大磯までは、134号線を南下して30分もあれば着く。

「鏑木たちに暗号が解けたことを教えようか?」

「後でいいんじゃないか。全部わかってからで」

「それもそうだな。陽介の様子がちょっと気になるが、まあいいか。車の鍵取ってくる」

 月丸が家の中に消えると、天王寺はヘルメットを被ってバイクに跨り、エンジンをかけた。

「車に乗っていかないのか」

 車のキーを手にして戻ってきた月丸が目を丸くする。

「久しぶりに会ったんだ。積もる話もあるだろ」

「いや、海岸線を走るのが気持ちいいからツーリングしたい」

 その積もる話をしたくないんだ、とは言えず、天王寺はもっともらしいことを言って、月丸と車内で2人きりになることを回避した。

「そうか。まあいいや。たしかに今日、いい天気だしな」

 国道へ出て湘南の海岸線をひた走る。江ノ島、茅ヶ崎、相模川を越えて平塚をさらに進み、左手に大磯海水浴場が見えてきた。途中で右折して細い道がうねるように続く丘陵地へ入って行く。かつて、伊藤博文や吉田茂、岩崎弥之助ら政財界の大物たちの邸宅・別荘が建ち並んでいた由緒ある土地だ。その歴史を好み、西園寺はこの地に家を買った。誰かに譲り渡したという話は聞いていない。今も恐らく、使用人が常駐して管理しているはずだった。

 天王寺は先導役を月丸に任せた。先を行くジープは何度か同じ道をぐるぐる回り、やがてそれまでは素通りしていた細道に戸惑いながら入り込み、恐る恐る進んで行く。脇道が現れるごとに徐行し、ときに停まりと、運転手の苦悩がその運転にはっきり表れていた。しかし、やがて進行方向の右手側に年季の入った石塀が現れ、その向こうから松の枝が道まで伸びる辺りに来たところで、急に確信を得たように運転がスムーズになった。どうやら、その石塀の敷地内が目指す西園寺の邸宅だと思い出したらしい。

 左手側は相模湾が一望できる。明治から昭和にかけて激動の時代の日本を引っ張った政財界の重鎮たちは、この景色を見て世界へ打って出て行く野望を抱いたのだろうか。同じ地で西園寺は宇宙に想いを馳せ、今は月に居住地をつくるという夢を叶えた。気まぐれ、変人、ただの目立ちたがり屋などと誹謗中傷されることも多いが、彼の偉業は死後数十年、数百年経って正当に評価されるのかもしれないな、などと天王寺がぼんやり考えているうちに外門に到着した。かつては常駐していた守衛ボックスには今は誰もおらず、幅5メートルはある門扉は閉まっていた。

 その門の直前で停止して、月丸がジープから降り立った。天王寺はゆっくり彼に近づいて停止すると、フルフェイスのシールドを開いた。

「今更だけどさ」月丸は苦笑いを浮かべる。「今、ここって誰が住んでるんだ?」

「知るわけないだろ。でも、西園寺さんの土地であることは間違いない。ほら」

 『西園寺』という表札を天王寺は指差す。

「本当だ。とりあえず、インターホンを鳴らしてみるか。ここで何もなかったら、また振り出しに戻る。とんだ無駄足ってことになるな」

「なったらなったでいいじゃないか。どうせお互い時間を持て余してる自由業の身なんだ」

「だから、俺は売れっ子なんだって」

 ぶつぶつ文句を言いながら、月丸は鉄扉の横に設置されたインターホンに近づきボタンを押した。天王寺はその背後に立ち、耳を澄ませた。数秒待っていると、インターホンの受話器を取る雑音が鳴り、

「はい? どちら様?」

 中年女性の声がスピーカーから聞こえてきた。こちらが気おくれしてしまうような、はっきり堂々とした声だった。

「こんにちは。わたくし、フリーライターをやっている月丸斗真と――」

「入って頂戴」

 月丸の自己紹介を女性がせっかちに遮ったかと思うと、門扉が自動で左右に開いていく。

「何だ、これ?」月丸が目を丸くして天王寺のほうを振り返る。「まるで、俺たちを待ち構えていたみたいじゃないか」

「暗号の読みは合ってたってことか」

「にしても、今の女は誰だ? 何だか不気味じゃないか?」

「じゃあ、帰るか?」

「おい、俺の職業、何だと思ってんだ。好奇心と行動力がなかったらノンフィクション・ライターなんてやっていけない」

 月丸はジープに乗り込み敷地内へ入って行く。天王寺もバイクに跨ってそれに続いた。

 玄関先まで少し傾斜のある庭はきれいに生え揃った芝が敷き詰められ、スプリンクラーが水を撒いている。その間を縫うように続く車道を行くと、築百年を超えているであろう古びた日本家屋が荘厳な構えで建っていた。玄関のドアが開き、大きなサングラスをかけた、黒髪を腰の辺りまで伸ばした、真っ黒なドレスを着た中年女性が姿を現わした。その佇まいには、一般人にはない堂々としたオーラが漂っている。

「そこら辺に適当に停めて」

 女性は言った。よく通る声だ。天王寺はジープのすぐ後ろにバイクを停めた。月丸と肩を並べて女性に会釈しながら歩いて行く。彼らが挨拶しようとすると、

「月丸さんと天王寺さんでしょ」

 女性はワケ知り顔で頷き、サングラスを取った。見る者を威圧するような大きな瞳に鷲鼻、シャープな輪郭。年齢は40代後半くらいだろう。

「あれ?」と反応したのは月丸だった。「もしかして、女優の?」と言いながら、ちらりと天王寺を見た。

「新垣(あらがき)由美子(ゆみこ)」彼女はにこりともしない。「ついてきなさい」

 付き人にでも対するように言うと、彼女はさっさと家の中に消えてしまう。

「新垣由美子っていえば、たしか……」

「うん」

 頷きながら天王寺は靴を脱いだ。月丸の言おうとしていることはわかる。由美子はかつて西園寺と交際し、世間を賑わせたことがあった。もう30年近く昔のことだ。西園寺は当時まだアプリ会社の社長を務め、由美子はアイドルグループのメンバーだった。時代の寵児と恋愛禁止を謳う人気アイドルの熱愛発覚。ネット上でバッシングの声が飛び交ったが、その後、由美子が共演俳優との二股交際&妊娠していることが判明して、西園寺とは破局した。そのニュースを見ていた当時、小学生だった天王寺は、女の恐ろしさを知ったのだった。

 由美子は批判の声をものともせず、むしろそれをエネルギーにして、アイドルから演技派女優へと脱皮。今でも第一線で活躍している。結局、その俳優とも別れたものの娘を出産した。その後、数々の浮き名を流し、恋多き女優として知られているが、西園寺との復縁は一度も報じられていない。それがどうしてここにいるのか。それを天王寺に問いたそうな表情を浮かべるも、由美子の耳に入るのを気にして、月丸は何も言えずにいる様子だった。

「こっちへ」

 由美子以外に誰もいないのだろうか。家の中は静まり返っている。彼女は振り返ることなく回り廊下を進み、角を曲がってしまった。

「何であの人がここにいるんだ?」

 待ってましたとばかりに、月丸が囁き声を発した。

「さあ……」天王寺は首を傾げた。「密かにヨリを戻したのかもな。死を目前にして、かつての恋人の存在が恋しくなったのかも。結局、彼女が一番だったってヤツじゃないか」

「でも、西園寺さんは月に移住しちゃったんだろ。俺たちがここに来るってわかってる感じなのは、西園寺さんから連絡があったってことかな」

「そうとしか考えられない」

 ヒソヒソ声で会話を交わして廊下の角を曲がると、廊下の先にある階段の前で由美子は立ち止まり、2人を待っていた。今の会話が聞かれてしまったかと、2人はドキリとした。

「上がって待ってて」由美子は階段を指差し、

「今、西園寺からの手紙を取ってくるから」と、すぐそばにある部屋の障子を開けて中に入ってしまった。

 天王寺と月丸は顔を見合せ、由美子の命令に素直に従って階段を上がった。西園寺が無理に二階の部屋を増築するために建て増しした階段で、古びた廊下とは異なり内装はきれいだった。

 階段を上がると、2階には一室しかなかった。ただし広い。プラネタリウムを楽しめるように屋根がドーム型になっていて、床には寝転がって天井を見上げることができる、雲を模したふわふわのソファが円状に設置されている。壁は360度ぐるりと窓ガラスに囲まれていて、今はカーテンが全開にされているため、相模湾が大パノラマで広がって見える。窓辺にはゴツいレンズが取り付けられた天体望遠鏡が置かれていた。

「昔のままだ」

 月丸が部屋中を見回しながら感嘆の声を上げる。

「10年前、ここにみんな集められた。あのときは、宇宙に行って月の裏側を見て帰って来るなんて、本当にできるとは思わなかった」

 ムーンリバー計画の正式クルーたちがここへ集められたときのことを思い出しているらしい。

「この部屋だけは、このままにしておいてくれと、あの人に言われたの」

 いつの間にか、入り口に由美子が立っていた。手には白い封筒を持っている。

「ムーンリバー計画に参加したクルーがここへ来ることで、あの日の気持ちを思い出してくれるかもしれないからって」

 由美子はソファに腰かけ、「座って」と天王寺たちに促す。

「ごめんなさいね、今日はお手伝いの人間が出払ってて、わたしはコーヒーの淹れ方がわからないから、おもてなしができなくて」

 足を組み、由美子は煙草に火を点ける。紙煙草を吸う人を久しぶりに見たな、と天王寺は思った。

「お構いなく。あの、新垣さんはなぜここに?」

 由美子の堂々たる態度に圧倒されたように、恭しく訊いたのは月丸だった。

「生前贈与で貰った。いらないって言ったけど、どうしてもって言うから。ここはあの子が好きだった家だから、わたしに守ってもらいたいって」

「あの子?」

 月丸は由美子から天王寺へと視線を移す。天王寺は首を傾げた。由美子は窓の外の海を見つめ、何かに想いを馳せるような表情を浮かべた。

「まあ、その話はいいの。それより、今日、あなたたちがここへ来るだろうから、渡してくれって、これが送られてきたの」

 由美子が差し出した封筒を、月丸が受け取った。天王寺は彼の隣に移動する。

「西園寺さんからですか?」

 封筒の中から一枚の手紙を取り出しながら月丸が訊くと、由美子は頷いた。

「今日、僕たちがここに来ると?」

「今日か明日。だからここにいてくれって。強引すぎると思わない? ちょうど撮影がなかったからよかったものの」

 言葉とは裏腹に、由美子の口調には腹立った様子はなかった。むしろその声には何かを憂うような湿り気があるように、天王寺には感じられた。

「で、何が書いてあるの?」

 由美子も中身を知らないらしい。急かすように訊き、月丸が慌てて手紙を開いた。そこには、

『アヴァルツバエン』

 ただそうひと言、パソコンの入力文字でプリントアウトされていた。

「何だこれ? ドイツ語か何かか?」

「さあ。また暗号じゃないか」

 天王寺はそう言いながら、手紙の文面をじっと見つめた。急に紙面上に影がかかった。いつの間にか立ち上がっていた由美子が、月丸の手から手紙を奪った。

「アヴァルツバエン……何これ?」

 無表情で言うと、手紙を月丸に突き返す。

「わかりません。でも、何かの暗号だと思います」

 月丸はご丁寧にも、ここへ来ることになった経緯を説明した。遺産相続の件だけは伏せて。

「ふーん、何のつもりかしらね」

「ただの気まぐれかもしれません」

「昔からそう思われがちだけど、あの人がやることには、それなりにちゃんとした意味があるの」

 苦笑いを浮かべた月丸を否定するように、由美子はそう断言した。

「ただ、あの人は他の人も自分と同じような思考をしていると思って、説明を省いてしまうところがある。だから、世間的には気まぐれだの変人だのと言われてしまうだけ。教えるにしても、いつだって事後報告。まあ、わたしも人のことは言えないけど」

「じゃあ、僕たちが振り回されてることにも、何か意味があると?」

 天王寺は口を挟んだ。

「でしょうね。わざわざ、わたしのことまで利用して」

 由美子はそこまで言うと、ふと何かに思い当たったように急に口をつぐみ、小さく口を開けたままの表情を浮かべた。

「どうかされました?」

 月丸が顔を覗き込むようにして訊くと、由美子は我に返ったように頭を振った。

「いいえ、ただ、この役をやらせたってことは、わたしにも何か関係したことなんじゃないかと思って。ちょっと待ってて」

 由美子は灰皿で煙草を揉み消すと、部屋から出て階段を下りて行ってしまった。

「何だろう?」

「さあな」

 天王寺は肩を竦めると、ポケットから電子タバコを取り出して、左手で持って吸いながら窓の外を眺めた。陽光をきらきらと照り返す海面には、帆を広げたヨットが何艘か漂っていた。

「あれ? お前、タバコ吸ってたっけ?」

 天王寺の手元を不思議そうに見つめながら月丸が言う。

「え? あ、ああ、最近な」

 階段を上がる足音がしたため、天王寺は電子タバコの電源を消してポケットにしまった。

 再び姿を現わした由美子は、手に名刺を持っていた。

「何かわかったことがあったら連絡して頂戴」

 天王寺と月丸も自分たちの名刺を由美子に差し出す。

「2人とも作家なのね、どこかで見た名前だと思ってたけど」

 由美子は2人の名刺を重ねると、

「ごめんなさいね、何もおもてなしができなくて」

 用事は済んだからもう帰れ、ということらしい。2人はその意図を察して立ち上がり、由美子を先頭に外へ引き返した。

「お邪魔しました」

 2人が頭を下げると由美子は微笑み、見送ることなく玄関のドアを閉めてしまった。

「さて、どうする」と月丸。

「暗号の解明をしなきゃな。来る途中にカフェがあったろ。あそこへ行こう」

「よし。移動しながらさくらに電話して、また助太刀してもらおう」

「いや、俺たちの自力で考えたほうがよくないか?」

「どうして? そのほうが早く正解がわかるかもしれないだろ。さっきみたいに」

「それはそうだけど、もしかしたら、俺たちにしか知って欲しくない秘密が隠されてるのかもしれない。ほら、新垣さんも言ってたじゃないか。西園寺さんのやることには意味があるって」

「そう言われてみれば、そうかもしれないな。最後のさくら頼みってことにして、最初は俺たちで考えるとするか」

 ジープのドアノブに手をかけた月丸は、そこで手を止めて天王寺を振り返った。

「あのさ、あの人がやることに意味があるっていうのはさ、俺たちにも言えるのかな?」

「ん、どういうこと?」

「俺たちが選抜された意味だよ。名前に太陽系の惑星や衛星の名前がある奴から宇宙へ連れて行く奴を選ぶ。西園寺さんの気まぐれで貴重な体験ができてラッキーって思ってたけど、あの選抜方法にも何か意味があったってことか?」

「あると思うか?」天王寺は笑いながらヘルメットを被り、バイクに跨る。「その名前縛り以外で、俺たちには何の共通点もなかっただろ」

「まあ、そうだけど。でも、俺みたいな凡人を、莫大な費用がかかるプロジェクトに参加させて、西園寺さんに何かメリットがあったのかって、ずっと思ってた。だからこそ、感謝してるわけだけど。あれがなかったら、俺は今頃どうなってたか。路頭に迷い、多恵やさくらに出会うこともなかっただろうな」

「それは俺たちも感謝してる」

「俺たち?」

「いや、俺も。それから他のメンバーもって意味だよ……どうした?」

 月丸が何かに感づいた様子で表情をフリーズさせているため、天王寺は怪訝な顔をして訊いた。

「いや、まさかな」月丸はそう呟くと、嫌な考えを払拭するように頭を振った。「『太陽は消された』の太陽が、何の捻りもなく、そっちの意味なのかと思って。でも、違うよな。あれは事故だったわけだし」

「おい、何を一人でぶつぶつ言ってるんだ」

「でも、そう考えると辻褄が合わないか?」

「何を言いたいのかわからないが、とにかく移動しよう」

「そうだな」

 エンジンをかけて天王寺はバイクを発進させた。額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。ジープの運転席に乗り込む月丸の姿がサイドミラーに映った。さくらちゃんの登場は計算外だったな、と苦笑いしながら、天王寺はグリップを少し回して道路へ出た。

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