バトンタッチ

 平日のショッピングモールは閑散としていた。なぎさんは次々と眼鏡を手に取り、怜奈れいなさんの顔に重ねては、神妙な面持ちで「もうちょっと大きくてもいいかな」とか「やっぱり丸いほうがいいな」などとブツブツ言いながら品定めをしている。

「これが一番似合うと思うよ」

「うーん、みおはどう思う?」

「えっ ……ええと、いいと思います」

 二人の様子を傍観していたところに、唐突に感想を求められ、どぎまぎしてしまう。正直、眼鏡の良し悪しはよく分からないけれど、なぎさんが良いと言うなら良いのだろう。

「じゃあ、これにするか」

「ちゃんとかけてね」

「わかってる」

 怜奈さんが丸くて大きなレンズの眼鏡をかけると、その小柄な体格も相まって、かなり幼く見える。レンズが大きいと、顔が小さく見えるからだろうか。高校生、いや中学生でも納得できそうな見た目になった。


 私の目的は、怜奈さんの眼鏡選びを見届けることではない。なぎさんに服を選んでもらうことだ。もちろん、それは私の発案ではない。あまり覚えていないけれど、よくわからない理由をつけて、半ば強引に誘われたような気がする。それよりも私は、土曜日の約束のほうが気になっていて、正直、服なんてどうでもいいと言わざるを得なかった。

「これから暑くなるし、こういうのがいいと思うんだよね」

 なぎさんが手にしていたのは、デニムのショートパンツだった。丈があまりにも短い。それを履いた自分の姿を想像してみる。んん、あまり良くない、と思う。多分。

「ちょっと短すぎませんか、これ」

「そんなことないって。試着してみない?」

「結構です」

「ふぅん、残念」

 怜奈さんはいつの間にか遠くに離れて、何やら大きな絵がプリントされたTシャツを眺めている。

「そういえば、みおって、スカート履かないの?」

「えっと、持ってないです」

「あ、高校の制服でスラックス選んでたタイプでしょ」

「高校は私服でしたけど」

「そっかぁ」

 怜奈さんを目で探すと、今度はベージュのキャップをかぶって、姿見と向かい合っていた。

「じゃあ、えーと ………これ試着してみてよ」

 なぎさんがグレーのプリーツスカートを手に取った。このまま制服として着ても違和感なさそうな見た目だ。いつまでも拒否していてはらちが明かないようなので、ここらで観念することにした。

「……試着だけですよ」


「…どうですか」

「おお、いいね」

 いいのかな。本当にいいのかな。自信がない。

「うん、似合ってる。似合ってるよ!かわいい!やっぱり私の目は確かだなぁ」

 随分とおだてられているようだが、悪い気分ではなかった。なぎさんがそう言うなら、似合っているのかもしれない。なぎさんには、そう思わせるような不思議な力があるようだ。

「じゃあ、それに合う服探してくるから、待ってて」

「ええっ」

 このままだと着せ替え人形にされそうだ。一旦試着室を離れて、怜奈さんのもとに避難する。怜奈さんは二つのデニムパンツを見比べていた。よく目を凝らすと、色の濃さに若干の違いが見て取れたが、私にはちょっとした誤差としか思えない。

「ん、なんだ」

「いえっ、別に…」

「そうか」

 怜奈さんが怖い人ではないことはわかっているけれど、ちょっと威圧的な口調にいつも尻込みしてしまう。ただ、視線の威圧感は眼鏡のおかげで和らいだようだ。

「……あの、怜奈さんって、この辺の出身なんですよね」

「そう、生まれも育ちも函館だ」

「じゃあ、えっと、質問があるんですけど」

「ん?」

「函館公園って、海見えますか」

「……そうだな。観覧車に乗れば見える」

「観覧車なんてあるんですね」

「ああ、小さいけどな」

「あ、あと、ここから函館公園に行くまでに、海が見える場所とかって…」

「え? …うーん、バスで行くなら、多分無いな」

 つまり、観覧車に乗らなければ大丈夫ということだ。とりあえず当面の懸念がなくなって、心を覆っていた霧が晴れていく。

「…よくわかんないけど、一つ言っておくとさ」

「……?」

「他人に身を任せてみるってのも、悪いもんじゃないと思うぞ」

「…どういうことですか」

「なんつーか、なぎみたいなヤツのことを大事にしろってことだ」

「はぁ」

 唐突な怜奈さんの言葉には、なんの脈絡もないように思えて、その真意を理解することはできなかった。

「お、その二人が喋ってんの珍しい」

「別にいいだろ」

「いいけど。それより、これ着てみてよ」

 なぎさんは両手にいくつもの服をぶら下げている。なんだか楽しそうな様子で、ゲーセンに行ったときのなぎさんの顔を思い起こす。しかし、これでは本当に着せ替え人形で遊ぶ子供のようだ。

「予算超えないようにしてくださいね」

「大丈夫、予算超えたら私が払うから」

「やめてください」

 こんなとき、おごってください、とか言うのが「身を任せる」ってことなのだろうか。多分、違うと思う。私は人に身を任せる方法を知らないし、知りたくもない。しかし、怜奈さんの言葉はなぜか脳に焼き付いて、しばらく離れそうになかった。

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