第十話『ラヴ・アット・ファースト・サイト その①』
「前回の認定試験から思ってたんだが、あの女ヤバすぎんだろ……」
フジ=モンは背中で二人担ぎ、もう二人の生存者を両脇に抱えて即座に離脱した。
助けられたのは、マンイーターに食われかけていたうちの一人と、オークに遭遇した三人だけだった。
たった四人、それ以上は救えなかった。
「クソッ……誰か俺をクビにしてくれ」
そうは言っても、助けた人間を再び放棄するわけにもいかないし、そもそもフジ=モンには切るための首から上がなかった。
すでにフジ=モンは全部で6つあるスタンプの内、山頂を除く全てのスタンプを集め終えている。
「……ここで見捨てたら、きっと寝覚めが悪くなるよな」
時間はまだ二時間も残っている以上、生存者を入り口に戻してからでも遅くはないだろう。
※ ※ ※
名も知らぬ赤いドレスの女を、ヌルは後ろから追いかけている。
それは決してお近づきになりたいといった理由からではない。
確かにあの赤いドレスの女は圧倒的な実力を持っているし、ヌルに限ってそれが分からないはずもない。
「待てよ」
その場から去ろうとした赤いドレスの女に、ヌルは臆することなく声をかけた。
「何かしら? ナンパならまた別の時にしてほしいんだけど……」
「お前、そんなに強いのになんでさっきは他の試験者を助けてやらなかったんだ?」
ヌルの質問に対して、女はなんてことないことのように答える。
「よく知らない好きでもない人間を、私が必死になって助ける必要、あるのかしら?」
「なんだよ……それ?」
女はさらに続ける。
「冒険者を目指すのは自己責任なの、あなただって命を賭ける覚悟をしてこの認定試験に来たんでしょう?」
赤いドレスの女は優雅な動作で、ヌルの方に歩み寄ってくる。
「そんなくだらないことよりも、私はあなたの事をもっと知りたいわ……ヌル・ノヴェリ」
本名で二つ名を登録してしまった以上、他の参加者に名前がバレていてもおかしくはない。
「俺の名前を知ってるなら、これ以上聞くことなんてないだろ? 俺のステータスは全部ゼロなんだ」
その答えが面白かったのか、クスクスと怪しく微笑んだ女は、ヌルの頬にそっと手を添えた。
その手を振り払うことは簡単なはずなのに、ヌルは一切動くことができなかった。
その女の笑みは悪意以上に、動けば殺すという絶対の殺意に満ちていた。
「知ってたかしら?
「は?」
この女が何を言っているのか、ヌルには全く理解できない。
「あなたの顔、私好みなのよ……正面から意見をぶつけてきてくれるところも好感が持てる。及第点どころか、合格だわ」
ヌルは不思議な気分だった。
自分が好かれていて、認められること自体は嬉しいはずなのに、この赤いドレスの女にどれほど褒められようと嬉しくなかった。
「でもそれは前提条件よ。やっぱり男の価値って顔の良さだけじゃなくて、何ができるかだと思うの」
そう言って赤いドレスの女は、ヌルの耳に顔を寄せて自らの名を囁いた。
「ジャスミン=ラヴ……それがあなたに一目惚れした、私の名前」
今になってヌルは、村人がどうして自分に冷たいのかをゆっくりとだが理解し始めていた。
このジャスミンという女が、何を考えているのか怖くてたまらない。
おそらくヌルが何をするか、何ができるか分からないことが怖かったのだ。
だがひとつ確信できることもある。
「安心して、殺したりしないわ。あなたが私より強くなるまで……ゆっくりじっくりと育ててあ・げ・る♡」
そう呟いた直後、ジャスミンはヌルを突き飛ばして後方に飛んだ。
そしてワンテンポ遅れて、先程までジャスミンがいた場所に降りてきたメアリーが地面に短剣を突き立てた。
「メアリー!」
だが珍しくメアリーは即座に立ち上がり、逆手で短剣を構えてジャスミンを睨みつけた。
「逃げてヌルくん、アイツは私が止める」
「何言ってんだよメアリー! あんなのに勝てるわけないだろ!」
そう言うと、メアリーはヌルの方を見てにこりと微笑んだ。
「うち、ヌルくんと友達になれて良かった。だから、ヌルくんを助けられるなら――うちは冒険者になんてならなくてもいい」
ジャスミンは太ももに装備していた杭を一本引き抜くと、クルクルと手の中で弄び始める。
「獣人の分際で……人の男取ろうなんて千年早いのよ」
先程の戦闘以上に憎悪と殺意の籠った声に、メアリーは僅かに後ずさる。
「今は気分がいいから、その人を置いて逃げれば許してあげる……けど、あくまで引かないって言うなら一歩でも前に出た瞬間にあなたを敵と判断するわ」
「……いい冒険者になってね、ヌルくん」
そう言ってメアリーが重心を前に倒した瞬間、ジャスミンは一段ドスの効いた低い声でメアリーを威圧する。
「来なさい
その宣言からメアリーとジャスミンがお互いに武器を交えるまで、ほんの一秒もかからなかった。
to be continued
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