第十一話『ラヴ・アット・ファースト・サイト その②』
ジャスミンに肉薄したメアリーは、迷うことなくその頸動脈に向けてナイフを突き入れる。
それを杭で冷静にいなし、いつの間にか鞭を捨てて空けていたもう片方の手で、杭を掴んで振り上げた。
メアリーは僅かに身を引くものの、一瞬反応が遅れて服の胸元を破いていく。
だがそれも、メアリーにとっては必要経費に近い。
獣人のしなやかで柔軟な筋肉が成せる、近接格闘へ移行するための布石。
メアリーは重心を落とすことなく、突然前に飛び出し、ジャスミンの胴に力任せに膝を押しつける。
「グッ……!」
踏み込みが浅い分ダメージは望めないが、相手に防御の隙を与えなかったことで、実際にはかなりのダメージになる。
だがそれを感じさせない軽やかな動きで、ジャスミンはメアリーと距離をとった。
だが今の攻防で、一つ分かった事がある。
「そのソータースキル、自分から触れる意思がないと発動できないんですね……」
そうジャスミンはメアリーの膝蹴りに対して能力を発動しなかった上に、ゴブリンに組み敷かれた時も即座に能力は発動しなかった。
つまりジャスミンの能力は、受けに回ると極めて弱い可能性が高い。
「それが分かったからなに? その制約がバレても、この能力の優位性は揺らがないのよ!」
ジャスミンの足元から、無数の礫が射出される。
メアリーはそれをいとも容易く避けながら、ジャスミンに迫る。
だがヌルは気づいていた、おそらくメアリーはジャスミンに勝てない。
いかにメアリーの方が身体能力が高いと言っても、ジャスミンの方が経験値も手数も上だ。
何よりヌルには、ジャスミンの戦い方はまるでメアリーを誘って自分のペースに巻き込もうとしているように見える。
何故なら今のメアリーには、アグロと戦う時には自然とできていた、この森という環境を活かした三次元機動を全くとっていない。
もちろん、ジャスミンが相手では決定打にならないだろう。
だが格闘戦は身体能力よりも、経験が何よりもものをいう。
このまま戦い続ければ続けるほど、メアリーはジャスミンに勝ちにくくなっていくだろう。
だがどうすれば――藪の中から二人の戦いを観察するヌルは、足元に転がるショートソードを見て閃いた。
たった一回、されど一回ジャスミンが相手でも通る秘策がある。
相手がメアリーならともかく、メアリーと正面から戦っているジャスミンに限っては間違いなく通る。
ヌルはショートソードを拾うと、藪を迂回してジャスミンの背後に回る。
その時、ヌルの足音はほぼ無音と言っていいほど音も立てていない。
ヌルの母親は、どういうわけか足音を立てずに歩く癖がある。
そのせいで、ヌルは生まれつき足音を立てずに歩く方法を知っていた。
メアリーとジャスミンの激しい攻防が続いているおかげで、ヌルは気づかれてさえいない。
メアリーはその間もジャスミンの手首を狙って短剣を振り下ろす。
ジャスミンはそれが自分の体に当たる直前に、地面から射出された石によって上空に弾いてみせる。
その瞬間を見逃さず、ジャスミンは杭を捨ててメアリーに直接触れに行った。
(このタイミングを逃せば、メアリーが死ぬ……やるなら、ここしかない!)
そう考えた時には、ヌルの体はもう行動を終えていた。
この距離ならば、いかに気づかれたとしてもメアリーと挟まれている以上ジャスミンは逃げられない。
「う、おぉぉぉぉっ!」
ヌルは叫びながら、後ろを振り返ったジャスミンの腰に組みついてタックルの要領で押し倒す。
「ヌルくん⁉︎ どうして!」
メアリーが暴いてくれた自分の意思で触れなければ、能力は使えないという制約。
それを逆手に取り、ヌルはジャスミンの両腕を押さえながら喉元にショートソードを突き付ける。
切先が首に刺さり、ジャスミンの白い首筋に紅いラインが流れる。
「どうしても何も……冒険者はこの世界で最も自由な職業だろ? 俺がいつ誰と戦うかは自分で決める!」
「……た」
ジャスミンは何か呟いたかと思うと、口元を歪め恍惚とした表情を浮かべた。
「私……この人に負けちゃった♡ ヌルさんにはもう絶対勝てないって、本能が認めちゃったぁ♡」
とても殺されかけているとは思えないほど、幸せそうな顔をした女の姿がそこにはあった。
「
自らの制約を明かし、深い感嘆のため息を吐きながらゆっくりと目を閉じるジャスミンの姿に戦慄を覚えながら、ヌルはゆっくりとその喉元から剣をどけた。
to be continued
おまけ
能力名:一線を超えて(カレス・ドゥ・イット)
所有者:ジャスミン=ラヴ
総容量:330
スキルツリー構成
増強系:A(50×5=250)
変化系:A(20×5=100)
干渉系:A(55×5=275)
生成系:C(10×3=30)
領域系:E(25×1=25)
特殊系:E(40×1=40)
特性
色:C(60×3=180)
即是:C(30×3=90)
空:E(40×1=40)
説明
触れた物体の中身を外に『はみ出させる』能力。
干渉系を高い色によってブーストすることでどんな物体でも『はみ出させる』ことが可能でありながらも、『はみ出させた物体』を破壊しないように増強系と変化形で物体を補強するという優等生的な構成になっている。
この能力を成立させるための制約は以下の通り。
①自分から触れる意思がないと発動できない。
②『はみ出させた』後の物体は操作することはできない。
③物体を『はみ出させる』と必ず破壊が発生する。
④能力対象は直接触れた物体の半径1m以内にある物体一つ。
⑤自分が一度でも負けを認めた存在には、二度と能力が使えない。
⑤を制約として入れている理由は、自分より強い男性と付き合うという目的がジャスミンにあるためであり、自分よりも強い相手を見定めるための能力であるという側面から、『品定め』のための戦闘ではこの能力を使って初手で殺すことを極力避ける傾向がある。
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