第5話 正義って、誰かの都合だろ

夜の校舎は、静かだった。屋上に吹く風が、俺の髪を揺らす。

目の前には、あの男――クロウ。霧の中で戦った、笑えない奴。

立ち去る前に、そっと囁いて名前を教えてくれた。


「……来ると思ってたよ」


俺が言うと、クロウは無言で立っていた。その瞳は、色がなかった。

感情も、怒りも、悲しみも、全部削ぎ落とされたみたいに。


「話がしたい。戦う前に」


クロウの声は低くて、冷たい。でも、どこか――俺に似ていた。


「お前は、正義の味方か?」


唐突な問い。俺は笑って答える。


「正義って、そんなカッコいいもんじゃねぇよ。俺はただ、誰かが泣いてるのが嫌なだけだ」


「それが正義か?」


「知らねぇ。でも、俺はそうやって生きてきた」


クロウは、少しだけ目を伏せた。


「俺の妹は、“正義の戦い”に巻き込まれて死んだ。英雄が街を守るために、犠牲になった」


その言葉に、俺の胸が痛んだ。俺も、妹を失った。でも、俺は――笑うことを選んだ。


「じゃあ、お前の正義は?」


「俺の正義は、“正義を壊すこと”だ。誰かの都合で誰かが死ぬなら、そんな正義はいらない。それに……いや、なんでもない」


沈黙。風が吹く。俺たちは、似ている。でも、違う。


「俺は、誰かのために笑う。お前は、誰かのために壊す。……どっちも、間違ってねぇよ」


「でも、どっちかが邪魔になる」


「そうだな。だから、戦うしかねぇ」


クロウは、少しだけ笑った。それは、痛々しくて、壊れかけてて――でも、確かに笑っていた。


「お前の笑顔は、俺には眩しすぎる」


「お前の痛みは、俺には重すぎる」


「そうでも無いだろ。レンだって、笑顔なのは上辺だけなんだから」


俺たちは、立ち上がった。言葉は尽きた。次は、拳で語るしかない。


「……笑ってる場合じゃねぇ。でも、笑うしかねぇんだよ」


「俺は、もう笑えない。でも、壊すことはできる」


夜の空に、異能が光る。正義と正義が、ぶつかり合う。正義、なんて……。

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