第6話 笑えない記録

クロウとの戦いが終わった。勝ったとは言えない。互いに限界までぶつかり合って、ただ立っているだけだった。

瓦礫の中、焼け焦げた空気が漂ってる。息を吐いた俺の足元に、焦げた紙片が落ちていた。黒い縁取り、異様な質感。拾い上げると、冷たい感触が指先に伝わる。紙には、奇妙な文字が刻まれていた。

〈第零章:笑顔は、世界を欺く仮面である〉。

その一文に、胸がざわついた。

笑顔。

それは俺が守りたいものだった。

泣いてる人を笑わせたい。誰かの悲しみを、少しでも軽くしたい。それが、俺の“正義”だった。だけど、この言葉は、それを否定するように響いた。

紙片を裏返す。そこに、見覚えのある筆跡があった。細くて、少し癖のある文字。妹の字だった。指が止まる。妹は、異能の暴走に巻き込まれて命を落とした。あの日、何も守れなかった。それでも、彼女の文字が、今ここにある。


「……嘘だろ」


呟いた声が震える。紙片が微かに震えた。次の瞬間、黒い炎が走り、紙は灰になって消えた。まるで、“見てはいけないもの”だったかのように。立ち上がって空を見上げる。笑顔は、いつもより少しだけ歪んでいた。


「……笑えねぇな、マジで」


遠くで、クロウが立ち上がる。あいつも何かを感じ取っていたようだった。歩み寄って、言葉を投げる。


「お前も見たか、“あれ”を」


「……ああ。俺の正義が、揺らいだ気がする」


クロウの声は静かだった。敵だったはずの男が、今は同じ疑問を抱えている。

“黒の記録”――世界の真実を封じた禁書。

そして今、妹の痕跡がそこにあった。胸に疑問が生まれる。妹は、本当に“巻き込まれただけ”だったのか?それとも――何かを知っていたのか?

あいつは、俺に何も言わずに死んだ。守るべきだったのに、守れなかった。風が吹く。夜の空に、黒い雲が広がっていく。俺は、もう一度笑えるのか。物語は、静かに次の章へと進み始めていた。だけど、心の奥に残った違和感は消えない。

妹の文字が“第零章”に刻まれていた意味。あれは偶然じゃない。誰かが意図的に残したものだ。

もしそれが妹自身だったなら――俺は、何も知らずに笑っていたことになる。

それでも、笑うことをやめたくはなかった。笑顔が仮面でも、誰かを救えるなら、それは俺にとっての正義だ。

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