第4話 俺たちは、笑えなかった。

霧の中を歩く男がいた。

名を、クロウ。

かつて神影学園に通っていた、元・生徒。今は、“笑えない者たち”の一員。

異能は《記憶干渉》。触れた者の記憶を読み、改ざんする。


彼の瞳は、色を失っていた。感情も、笑顔も、すべて――あの日、失った。


――3年前。

“黒い英雄”が世界を救った日。

同時に、クロウの妹は、英雄の異能に巻き込まれて命を落とした。


「英雄って、誰かを救う代わりに、誰かを壊すんだな」


クロウは、妹の記憶を何度も再生した。

笑っていた。泣いていた。最後は、助けを求めていた。

でも、誰も来なかった。

“黒い英雄”は、別の場所で戦っていた。


それ以来、クロウは笑えなくなった。笑うたびに、妹の顔が浮かぶ。

だから、笑わない。

だから、戦う。


「“黒の記録”を見つければ、あの日の真実がわかる。英雄の罪も、俺たちの痛みも」


彼らは“記録管理局”に追われながら、断片を集めていた。その中に、ある一枚の写真があった。


――空木レン。妹と笑う少年。その笑顔が、クロウの記憶を刺した。


「こいつは、まだ笑ってるのか……」


怒りじゃない。羨望でもない。ただ、理解できなかった。


どうして、失っても笑える?

どうして、壊れても立ち上がれる?


クロウは、レンに接触した。戦いの中で、言葉を投げた。


「お前も、俺たちと同じ“笑えない人間”だろ?」


その瞬間、レンの笑顔が揺らいだ。

クロウは確信した。

この男も、何かを失っている。

でも――それでも、笑っている。


「……なら、俺はその笑顔を壊す。俺たちの痛みを、見せてやる」


クロウは霧の中へと消えた。

次の記録を探すために。

次の戦いのために。


彼らは、悪ではない。 ただ、笑えなかっただけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る