第21話 地獄の門番2

 語り マリー・アスラマハーバリ・イシュタル (ノエル・ダルク)


ケルちゃんが乗移ったジャックさんは、悲しく淋しそうな表情です。ジャックさんは船長室から出ると、飛来する矢も気にせずゆっくり歩き船べりに立ちました。そして体をひるがえし野盗たちの小舟に飛び降ります。驚く野盗の顔に平手打ちを喰らわせると剣を奪い、片手で脳天から腹まで真っ二つに切り下げました。ワイン壺が割れたように体液が飛び散りジャックさんの顔は真っ赤に濡れました。でもジャックさんは不快な様子もなく平然です。つぎは呆然と見ていた首を刎ね、立ち残った胴体を河へ蹴落としました。三人目は両腕を切り落とし、恐怖にひきつる顔を掴んで河に投げ込みました。



「すごいぞジャック爺さん!」


おのれの死が間近にある環境です。どんな殺戮にも味方はやんやと喝采しました。


ジャックさんは次なる野盗には笑顔で臨みます。野盗たちは命乞いを始めました。しかしケルちゃんが乗移ったジャックさんは許しません。片手で剣を振り、あっという間に4つの首を刎ねました。


船上から応援する人たちもだんだんと異様に気づきはじめます。


ジャックさんは落ちた首をひとつ取ると、隣の舟に投げ入れました。超人的な殺戮を見ていた野盗たちは生首ひとつを放り込まれると我に帰り、一斉に河に飛び込みました。重い具足を着けた者はそのまま沈み、身軽な者でも簡単には進みません。ジャックさんは野盗たちが捨てた舟に飛び移ると弓を拾い、溺れ苦しむ顔面、逃げる後頭部に矢を撃ちこみました。そして次の舟へと飛び移ります。


この舟には捨てられた具足と武器があるだけで、野盗たちはすでに泳いで逃げています。岸で乱暴を働いていた野盗たちも異様に気づきこちらを見ています。川面は高山のカルデラ湖の様に静かで、聞こえてくるのは泳ぐ野盗の息づかい、岸からの「おーい、どうした」という間の抜けた疑問の声、物かげでの女の泣き声だけです。


ジャックさんはその中を笑顔のまま水面に足を載せます。歩き出すと、あとにはトンボが打つような小さな波紋ができました。悪魔か怪物が、ジャックさんの姿を借りて殺戮をしていると誰もが理解できました。

ジャックさんは新たな殺戮を始めます。泳ぐ野盗に追いつくと、板に浮いた釘を打つように剣で頭を割りました。船の味方はまばたきできず、岸の野盗たちは腰が抜けてしまいます。一部は這って逃げようとしています。

ジャックさんは岸にあがると命乞いをする野盗たちを追いつめ剣で割いていきます。女性に乱暴した者にはいたぶるように殴って蹴って、ゆっくりと下腹に剣を突きたてました。



ジャックさんは一連を終わらすとロープを拾い、動かなくなった野盗たちに投げました。先端はいくつにも別れて伸び、水中も含め野盗たちの体に巻きつきました。それを片腕でグイとひくと、岸には無造作に積上げた死体の山ができました。つぎにジャックさんは河にむかい静かに両腕を上げました。すると沈んだ女の子とお父さん、ほかにも哀れな村人たちが河面に浮きました。それをジャックさんが手招きすると川面を滑るように集まり並びました。岸には対照的な骸の集団が出来ました。ジャックさんは満足したように優しい笑顔になり、ふっと消えてしまいました。



放心した船上の人々は誰もがずっと黙ったままです。

そこにねえちゃんの遠慮した声。


「あのぅ、ジャックさんが来ていますが」


皆驚いて振り向くと、そこには全身赤く染まったジャックさんが剣をさげ、苦笑をしながら立っていました。



「驚いたかい。だが一番驚いているのはこの俺さ」


みな誰もが声などでません。動けません。


「若い頃には、俺は正しい・やらなきゃだめだと信じた時には・腹をくくって向かっていった・・が、弱い俺はいつも負けた・・くやしかったぜ」


ジャックさんは仲間を見回します。


「最初は皆のために闘うつもりだった。でもな、相手違いは分かっているのに、復讐というのか、なんか殺すのが楽しくなった。弱い者いじめが愉快になった。おかしな力が俺を自由にして、醜い俺をさらけちまった・・もう俺は地獄にしか行けねえよ・・」


ジャックさんはとても悲しそうです。


「最後に船長、頼みがある。女房には早死にされて、イレーヌには幼いころから苦労のかけっぱなしだった。娘には上手に伝えてくれないか」


「いくな、一緒に帰るんだ」

船長さんは涙声で返しました。


「後生だよ」

ジャックさんは優しいニコニコ顔です。


「・・孫たちにも立派なじいちゃんだったと伝える・・」


「ありがたい」


ジャックさんはそう言うと床に剣を落とし消えてしまいました。

静かな船上にはポチャンポチャンと水音だけが聞こえます。



ねえちゃんがぼくに聞きます。


「ジャックさんは地獄へ行くの」


「わからない」


ぼくは正直に言いました。お母様やミカエル様なら判るのでしょうか。



この日はこの村に停泊することになりました。船員さんたちは激しく疲れているうえに怪我をしている人もいます。なのに埋葬を手伝いました。生き残った村人は財産を荒らされ、家や家族を失いました。これからも生きて行くために被害を少しでも回収しなければなりません。野盗たちの馬や荷車の品物、血だらけでも野盗たちの衣服も剥ぎ取りました。それを船長さんの立合いで分配し、裸になった死体は河に流しました。



夕暮れの中、ゆっくりと流れていく野盗の死体に男の子と女の子が石を投げています。ぼくはやめさすことが出来ず、ただ眺めていました。


復讐。いけないことだと知っています。でも理解できるような気がします。

ぼくたちがケルちゃんとジャックさんのおかげで危機を脱し、ルーアンに着いたのはこの日から9日後、1431年の5月29日でした。

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