第26話 ヴィエノワのドーファン1

 語り マリー・アスラマハーバリ・イシュタル (ノエル・ダルク)


ぼくは金貨を造ると眠るねえちゃんに手紙を書きました。すぐ戻るようなことを書きましたが多分戻っては来られません。復讐を実行すればぼくは拘束されて消去されます。でもジャネットお姉ちゃんをひどい目に合わせたやつらを絶対許すことができないのです。死罪に導いたイングランドのやつらと売渡したブルゴーニュ公。保身のためイングランドにおもねる聖職者や暴力と辱めを与えた卑劣な牢番たち。こいつら全員にお姉ちゃんが受けた以上の恐怖と苦痛を与えなければなりません。

そしてなんと言っても一番はフランス国王のシャルルです。あいつはお姉ちゃんのおかげで即位もできたのにお姉ちゃんを利用するだけ利用して見殺しにしました。簡単に殺すには惜しいやつなのです。しかも幸い、こいつの復讐には協力してくれそうな人物もいます。ルイ王子です。協力を得られればフランス国王シャルル七世は最愛の息子に裏切られ苦悩することになります。これから始まる復讐劇のよい前菜になります。

ぼくはルイ王子に会うためパリを抜け出しました。




 狐尾のかたり


1461年7月。ノエルが復讐のためパリを出てから30年後。


王太子ルイは父王シャルル七世危篤の報を聞くと僅か7騎の供を従え、今はベルギーのシュナップより王の静養先ムアンを目指し騎行を始めた。ムアンまではおよそ700キロ、急ぐ旅の障害は金銭と剣で解決し、12日間で夜のムアンに着いた。しかし深夜ゆえに城の門はかたく閉じていた。従者のひとりが腰の角笛を取ると吹き鳴らした。そして叫ぶように声を上げた。


「開門!開門!」


しばらくすると門のうちより返事があった。


「日没よりは誰も入れません。これは陛下のご命令です」


ルイは表情も変えず無言であったが従者のひとりが馬を降り、厚い扉の隙間から数枚の金貨を差し込んだ。


「門番どの、ギョーム殿に取次できるか」


「へっ、へい」


門番は金貨に驚き、次にギョームと言う名に緊張した。


ギョーム、姓は不明。以前はトゥールで開業していた医師であり死刑執行人でもあった。いまはシャルル七世の侍医をしており、歴史には決して現れない王の影でもある。

(死刑の執行がパリに統一されるまで執行人は各地にいた。そして執行人は副業として医業をしている者が多く、名医をたくさん輩出していた)


「では頼みがある。ギョームどのにドーファン様が門外にいらっしゃると。そして陛下に謁を賜りたいと伝えてくれ」

(ドーファンは王太子の称号)


「それはまことで」


門番は隙間から外を窺う。らしき人物を見ても、にわかには信じられない。なぜなら王と王太子の仲は最悪な状態にある。交戦状態と言ってよい。王が廃太子にしないのが不思議と誰もが思うほどの仲なのである。


「出来ないと言うならあきらめる。しかし門番どの、賛課(朝のお祈り)の頃には・・」


従者は自分の首に手刀を当てた。


「・・・わかりました。しばらくお待ちくだされ」


門番が石畳を走る音が門外まで響く。

そして四半時(30分)、わずかに門は開けられ、一行は城内に導かれた。先頭のルイの前に宮廷医ギョームがラシャの頭巾にグレーの裾長ローブを纏って出迎える。その後ろで衛兵たちが畏まっていた。


「ドーファンさま、このような夜更けに何用でございます」


声に敬意がない。しかも一行の馬たちはギョームの異様に怯えて乱れた。が、ルイはそれを見事にさばき、太く力ある声で語りかけた。


「死病の王に取り入り、陰より王国を支配するはおまえか」


「大仰なことをおっしゃる。噂に違わぬ命知らずのドーファンさまであることよ」


「確かに」


ルイは軽やかに笑う。そしてギョームを強くみた。


「ギョーム、余は陛下に死なれる前に会いたい。いくつか聞きたいことが在るのだ」


「ほう。命をお賭けになるほど大事なこととは何でございましょう」


「おまえには話せぬ。直接陛下に申し上げる。さあ、通せ」


ギョームは長考した。そして衛兵に指図した。


「殿下を案内せよ」


暗く長い回廊、たくさんの足音が響きあう。ルイは先頭を歩き、ギョームはすぐ後を進む。ギョームはルイに話かけた。


「殿下。ご幼少のみぎり、お師はどなたさまでございましょう。さぞかし名のある方でございませんか」


「なぜそのようなことをにわかに訊ねる」


ルイは胸を張り大股で歩き続ける。


「性格は天性のものと教授されて得るものとがございます。見たところ殿下の大胆さは陛下にないものでございます」


ルイはギョームの無礼を楽しそうに笑った。

(ルイは後年慎重王と呼ばれるが、敵地に単独同然の少数で乗りこみ和議を進めた。しかも同時に敵内部の造反も謀って露見し、捕虜にもなった)


「おまえは真の学者よ、遠慮がない。大胆だというならそれは師の教え、しかも師は女だ」


「ご母堂さまでございましたか」


ギョームは以外と思い、少し大げさに驚いて見せた。


「違う。母はおろおろするだけの愚かな女だ」


「ではヨランド様でありますか」


ヨランド・ダラゴンはルイの母方の祖母。実母に捨てられたシャルル七世の育て親である。表裏に活躍した女傑で息子や娘を政略結婚させ勢力を拡大、ラ・トレモイユの拉致など、敵対者には失脚暗殺を謀った。また農民階級のジャンヌ・ダルクと当時王太子であったシャルル七世との対面はヨランドが導いたという有力な説がある。


「おまえは面白い男だ。機会があればゆっくり語ろう」


ルイは肯定も否定もしなかった。



ルイ一行は小さな高窓、出入りが一つの部屋に案内された。

ギョームは12人の衛兵で入り口を固めさせ、衛士長にささやいた。


「おかしな真似はしまい。だが・・」


ギョームは衛士長の胸を剣で突くしぐさをした。

衛士長は表情を変えずに頷いた。


ギョームは自室に戻ると再度髪を整え、手や顔をすすぐ。終わるとまた足音をこだまさせ暗く長い回廊を渡る。

ひとつの扉の前に立ち小さく打った。


「どなたです」

扉の向こうから若い女の声がする。


「ギョームです。陛下にお目通りを」


若い女官は扉を開けるがすぐさま手で口を覆った。驚いている。

ギョームは女官の視線の先へ振り向いた。

暗がりの中にルイが立っていた。


「衛士長は手強かった。すまんが遺族への弔意、年金を頼む。もちろん請求は余に回してくれ」


他の11人は殺さずに叩き伏せていた。

ルイはギョームの脇を通り部屋に入った。手招きしてギョームに言った。


「さあ入れ」


女官は小声だが強い口調でルイを制止しした。

「いけません。どなたか知りませんがこの先は御寝所です。衛士を呼びますよ」


「こちらはドーファンさまだ」


ギョームの声に女官はまたも口を覆った。

ルイは若い女官に小さく手を振り愛想を言う。


「可愛い娘だ。みやげに連れて帰りたい。余の部下はみな有望だぞ」


ギョームは平静を演じた。

「お目が高い。気立てもよく、賢い娘です」


「ばかな。賢い女などこの世におらんわ」

これはルイの有名な持論である。


ルイは先頭に立ち、次の扉を開ける。

香煙の中に大きな寝台、そこにフランス国王シャルル七世が臥せていた。

こんどは不寝の番をする女官長が立ち、ルイの前に立ちふさがる。


「ギョーム殿、こちらはどなたさまでありますか」


女官長は自分に知らされない来訪が、夜、無断で発生したことが驚きであり許せなかった。


「余を知らぬとは新参か。さてはあの女の手下か」


あの女とはアニェス・ソレル(シャルル七世の愛妾)のことである。

ルイは女官長のすぐ横を押し通った。

騒ごうとする女官長にギョームは首を振る。


「ドーファンさまです」


女官長は驚き、その場で畏まった。



ルイとギョームのふたりは眠る国王の側に立つ。


「ずいぶんとお痩せになった」


「殿下のせいですぞ」


ルイは薄ら笑いを浮かべた。


「・・根も葉もない」

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