第25話 再びパリへ2

 語り ネリー・ヴェネット (マリ・ド・ヴィッサン)


翌日、まだ真っ暗なのにノエルに起こされた。

「教会に行こう」だって。

昨日は夜遅くまで泣いていたのに。あたしはあくびをかみ殺して付いてった。深い朝霧のなか橋を渡るとあった。あのでかくて有名な大聖堂が。ノエルったらノートルダム大聖堂に行くつもりなんね。


「ノエル、こんなすごいとこ、勝手に入っていいんかい」


「いいさ。神様は訪ねる者をお選びにならないよ」


ノエルは松明で金色に輝く大きな扉を開けて入っちゃった。

あたしもおそるおそるノエルに続いたんさ。


中では司教様や、修道士様、神学を学ぶ学生さんたちがたくさんいて、合唱するようにお祈りしてた。そこをノエルはかまわず進み、祭壇の前でひざまずくと手を組み、司教様のお声を待ったんさ。


ずいぶんと経ってひとつの区切りというの、皆のお祈りがやんだの。

すると祭壇の中央にいた司教様がおりてきて、

「何用かな」とわたしたちに優しく声をかけて下さった。

ノエルは高くて広い大聖堂内で声を響かせて答えた。


「ジャンヌ・ラ・ピュセルの弟ノエルと申します。姉ジャンヌのため祈りに参りました」


すごい驚きの声も響いたわ。


司教様はしばらくあたしたちを見つめてね、怒られるかとどきどきしたよ。でも、


「それはよきこと」

と、短く言うと、両手を広げお祈りの一小節を高らかに唱えた。

するとみんなが一斉に交唱を始めたの。


すごいよ!すごいよ!ラテン語だから意味わかんないけど美しい音楽みたいで。あたし鳥肌たっちゃった。感激して泣いちゃったよ。



そして東の空がうっすら明るくなるころお祈りは終わった。司教様が手招きして、あたしたちを小さな部屋に案内してくれた。椅子に着かせると自らお茶を入れて下さった。

沈黙のなか各自が一口飲んだところでポツリとお話し始まった。


「ノエル君、きみの姉さんは異端者ではなかったよ・・・俗権の圧力もあったが、我々パリ大学の者は神の御声を聞くという君の姉さんを信じなかった。いや、信じたくなかった。御声を聞くことが出来る者は、厳しい修行と勉学を積んだ我々だという自負と驕りがあった。君の姉さんの破門に同意してしまった・・・その後ルーアンにいた友人たちがたくさん手紙をくれてね。どれもがその場で見たと錯覚するほど詳しく書かれ、どれもが君の姉さんは立派なキリスト教徒だと書いてある。イングランドの立会も、”もう駄目だ。我々が焼き殺したのは聖女だったのだ。いま彼女の魂は神の御手のなかにあるが、我々はその憩うところに行くことはない”・・そう嘆き慟哭したという・・・そしてこのわたしもだ・・・」


司教様は力なくうなだれちゃったの。


「司教様、お姉ちゃんへのお祈りありがとう。お姉ちゃんはすぐ怒るけどすぐ許す人だったよ。10日すると言ったお仕置きも1日で終わりにしてくれたよ」


ノエルがそう言うと司教様はノエルの手を取り、長い間自分の額につけていらっしゃた。



大聖堂を出るとすっかり朝になってた。ちょっと疲れたけどすがすがしく感じたんさ。


「ノエル、偉いね、見直したよ」


「すこしも偉くない。ぼくはいつでも小枝が取れるようにしていた」


あたしは驚いてノエルの顔をじっと見ちゃったよ。

遠くを見る瞳は恐ろしいほど冷たく、熊いじめを悲しむノエルのものでないよ。あたしは正面に回り、その目をまた見た。


「ノエルいけないよ。ジャネットはすぐ許すひとだったたんでしょ。仕返しなんかしても喜ばないよ」


「ルーアンでは結界があってぼくの力は使えなかった。メアリー程度の力じゃない。とても強い力を持つ御方の介入があった証拠だ」


「メアリーってだれ、なにがいいたいの」


ノエルは問には答えず、

「悔いている者は許してあげる、でも・・・」


ノエルはそう言うとあたしの横をすり抜け歩き始めたの。



それからのノエルは宿屋にこもって一日中、棍棒の頭を削ってたくさん金貨を造ってた。話しかけても返事しないし、大金を造ってなんに使うか判らず不安だった。

そして翌朝、あたしが目を覚ますとノエルはいないの。テーブルや床に山のような金貨があって、手紙も添えてあるんさ。


(あの馬鹿あたしが字読めないの知ってるくせに)


しかたがない。帳場におりて、旅の修道士さまに読んでもらった。


「ネリーねえちゃんへ。ほんのちょっと出かけます。もどったらいっしょに田舎に帰りましょう。それまでのあいだはパリを楽しんでいてね。ノエル」


(なんなん、あのくそガキ!)

あたしをひとりにして出掛けちゃったよ。手紙の "もどったら田舎に帰る" 、てのは、 "一緒に天の国へ帰る" 、て意味ね。それまではパリで遊んでなっ、てことね。もう、まったくふざけやがって。帰ってきたらビシバシとっちめてやんなくちゃ、と、あたしはてぐすね引いて待ったよ。でもなかなかやつは帰らない。10日がたち、ひと月がたち、一年が経っても帰らない。

あたしがノエルと再会したのは約600年後で、地球の裏側ニッポンてとこだよ。その間にあたしは読み書きも覚えていろんなこと知った。この大地が大宇宙に浮かぶ小球体の一部であって、どこへ行っても弟ってやつらは身勝手で恩知らずだってことを!

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