第27話 ヴィエノワのドーファン2
狐尾のかたり
ギョームは一歩さがるといった。
「殿下、お目覚めを待ちましょう」
ルイは肯いた。が、ふたりはその場を引かず無言で立ちつづけた。
浅い眠りを繰り返すシャルルが目を覚ます。
声は甲高くもあるが力はない。
「ん、そこに居るはドーファンどのではないか、それとも悪夢の続きか」
「お久しぶりでございます。陛下」
ルイは畏まった。
「ふん、まことに悪夢じゃ。で、利口なおまえが危険を侵してなに用だ。一番に欲するものは動かずとも間もなく手に入るはず」
「確かに」
ルイは平然と返した。
事実シャルルはほどなく病死する。王位はルイのものとなる。
「相も変わらず憎いやつ。さっさと用を言え」
「陛下が知る、ジャンヌ・ラ・ピュセルの全てをお聞かせ願いたい」
シャルルもギョームも意外なことに驚く。
そしてシャルルは深く息を吐く。
「当時のおまえは幼き子供。さてさてあの娘となにがあった」
長い沈黙の後、ルイはギョームと女官長を鋭く一瞥すると、
「わたしとジャンヌ・ラ・ピュセルとで、義姉弟の契りを結びました」
シャルルも傍らのギョームと女官長も無言だがひどく驚いた。
「わたしは陛下の不履行を弾劾しに参ったのです。平たくは義姉の無念を果たしにきたのです」
ルイの激しい憎悪が父王シャルルに放たれた。
「意味がわからぬ。が、わしも愚か者にみすみす討たれとうない・・病に臥せるこの部屋では気が萎える。ならば謁見の間へ行こうぞ。盛装の用意を」
シャルルは隅で控える女官長に仕度を命じた。しかしギョームも女官長もシャルルの病状を思い、すぐには動かない。シャルルは癇癪気味に甲高い声を絞り出す。
「いま、すぐ、仕度だ!」
女官長は転がるように走りだした。そして集められた女官たちは手際よく着替えさせた。最後に青地にフルール・ド・リス文様のマントを羽織らせ、女官長が王冠をささげシャルルの頭に載せた。
肩で息する瀕死の老人はフランス国王シャルルに変身した。
だがシャルルはひとりでは立ち上がれない。
「ルイ、おまえの剣をかせ」
ルイは自分の剣をシャルルに捧げるように手渡す。
「よい剣だな」
シャルルはおもむろに抜いたがその切っ先はルイに向いた。
女官たちが悲鳴を上げた。
「わしに逆らい勝手を続けるおまえを廃さずにいるには訳がある。おまえは廃嫡されればずる賢いフィリップ(ブルゴーニュ公)やイングランドと手を結ぶ。それは統一のきっかけをつくったラ・ピュセルの志にも反する。このわしはラ・ピュセルを復権させ称揚しているのだぞ」
(1456年シャルル7世はジャンヌ・ダルクの復権裁判を起こし彼女の名誉を回復している)
「陛下、あなたは恩のあるラ・ピュセルをルーアンで見殺しになさった」
ルイは眼前の切っ先より冷たく返した。
シャルルは沈黙したまま剣を鞘に納め、それを杖にして立ち上がろうとする。が、ふらついた。女官やギョームが支えようと集まる。
「邪魔するな。ルイよ、おまえが肩をかせ」
ルイはかがみこんで父のわきに肩を入れた。
シャルルは立つと、
「明かりを用意したら皆は下がれ。二人だけで話がしたい」
父子は寝室を出ると薄暗い廊下をゆっくりと歩く。足音と剣が床を打つ音のみがこだまする。
ルイが過去形で話を始めた。
「幼き頃は陛下を尊敬しておりました」
「存じておる。確かにおまえはわしを仰ぎ見ていた」
突然シャルルはわきを絞めルイの鼻頭を拳で打った。
ルイの鼻より血が垂れるがルイは何事もなかったように続けた。
「大封を得る公侯、英雄豪傑、聖職者や百官、着飾る夫人と女官たち、そのすべてが陛下に額ずいておりました。あの頃、我が父は偉大な国王と思うておりました」
「異論もあろう。だが結果はそうなったはずだ」
シャルル七世は宿敵ブルゴーニュ公を手懐け、イングランドを退けた業績により勝利王と呼ばれることになる。ただその行いには賢愚が交差し評価は難しい。
ルイは扉を押し開き、暗い大広間を奥へと進んだ。シャルルを一段高い玉座へ置いた。
シャルルは玉座にもたれ呼吸を整えた。が、不意にこうも言った。
「ルイ、見苦しいぞ。これで拭け」
シャルルは国王のみが纏えるフルール・ド・リスの青いマントの裾を指した。
「おまえでも王のマントは汚せんか」
ルイは屈んで鼻の血を拭った。
「アッ、アッ。これは良い冥土の土産ができたぞ。この血痕はフランス王ルイが父王シャルルの折檻に屈し、沓に接吻した時に付いたものとしよう」
シャルルはむせながらも笑い続けた。
「ふっ、これはおみそれいたしました。この手の技はわたしが一番長けていると自負しておりましたが」
ルイは謀の巧みな男である。敵からは「遍在する蜘蛛」と呼ばれ恐れられた。
「ルイ、おまえは叩かれたことがあるか」
シャルルは苦しい息のなか楽しそうに言う。
ルイが僅かに微笑みながら聞き返した。
「陛下はどうなのですか」
「わしは十一番目でたくさんの兄がいた。また存じておろう。先王は母やわしらにも手を上げるお方であった」
シャルルの父シャルル六世は精神異常をきたし、家族にも乱暴を働いた。楽しい思い出ではないが今のシャルルには懐かしかった。
「陛下、わたしにもあります」
シャルルは愉快になった。
「ほう、誰だ、おまえに手を上げたやつは。生きているなら褒美をやらねばならぬ」
「義姉ジャンヌ・ラ・ピュセルです」
僅かに華やいだ父子の会話はまた振り出しにもどった。
シャルルはうんざりとルイを見た。
「ルイよ、ラ・ピュセルとなにがあった」
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