第34話 ヒミコ2
語り ヒミコ・アスクレーピオス・トヨウケビメ
わたしはミカエル様のご指示で刑務局に向かった。受付でカードキーと案内図を貰い看守監視室を探した。でも迷った。自分では地図の読めない女じゃないと思っていたけど見事に迷った。後日知ったけど、悪神や悪魔の襲撃に備えるために、迷路のように作られているとのこと。
監視室にたどり着いたわたしはカードキーを差して扉をあける。でもまた行き止まり。二重扉になっていて、スピーカーで名前や目的を尋ねられた。わたしはカメラに向かって笑顔を作り、質問に答えた。
そしてやっと入れた監視室、担当の迎えはなく、室内も暗く、たくさんの人員がモニターを前に黙々と仕事をしている。まるで近代艦船の司令室のよう。
わたしはこの環境では声をかけたくなかったが、
「ヒミコ・アスクレーピオス・トヨウケビメです。B176号の担当はどちらでしょう」
すると長い髪のシルエットが手を上げ、朗らかな声で応えてくれた。
「今週はわたしです」
すぐ応えてくれたことにホッとして、暗がりの中、ゆっくり歩みよった。
間近にみた担当さんは精悍そうで恰好良い。スタイルも抜群だ。でも幼いお顔だけがちょっとちぐはぐ。そして何を食べたらこんなに背も胸も大きく育つのだろうかとも思った。
お互い挨拶と自己紹介をして、担当さんの斜め後ろに椅子を貰い、モニターを見た。厳重な入室とは違い、中の仕事はゆるいのか、他の担当たちも持場を離れて集まってきた。落ちついた所で担当さんとわたしで作業を開始した。
「現状を確認させて下さい」
担当さんはうなずくと懲罰の園を鳥瞰で見せてくれた。マリーが荒らした懲罰の園に中央湖が復活し、果てしない砂漠も青い大草原になっている。
「最後にB176号の姿が確認された場所を見せて下さい」
そこは緩やかに波打つ草原に岩が二つ、頭をのぞかせている。きっとマリーはこの岩周辺に埋もれているのだろう。
「確認された最後の姿を見せてください」
モニターを見ていた担当さんが振り向いてわたしを見た。うなずくと画面が切り替わった。
「キャッ!・・」わたしは不覚にも短い悲鳴をあげてしまった。
なんとマリー・アスラ・イシュタルは枯れ木みたいにミイラ化していた。
「驚きました?これでも生体反応を出していたんです。経歴を確認したら無酸素状態1年というのもありました」
無酸素状態1年とはなんのこっちゃと思っていたら、担当さんは意地悪そうに微笑んだ。
わたしは下がっためがねを押し上げた。フツフツと変な負けん気が湧いてきた。わたしは見て思ったことを膨らませて言ってみた。
「まるで身欠きニシンか棒ダラみたい。生よりは美味しそうだわ」
今度は担当さんが驚き、わたしを大きな目てみた。わたしは得意になって言った。
「身欠きニシンて知っている?お魚の干物なの。水で戻してお醤油で煮ると生より美味しいよ」
ちなみに棒だら、身欠きにしんは西洋にもあって古来より食べられている。
背後の連中もブツブツガヤガヤ、げっそりしてるのが振り向かなくても判った。
(勝った。本部の子たちに負けてたまるか)
それからのわたしは調査官として露骨な上からの態度で指示を出した。
「では戻って。収監最初からの映像をコマ送りで見せて」
担当さんは強い鼻息を飛ばしてから、しばしカタカタとキーを叩き、最後にエンターを "タン!" と強く打った。
全裸で収監されたマリーが画面に現れ、すずめに変身したら広大な空間をさまよった。そして最後には自暴自棄になり園を砂漠化させ、岩陰に倒れ込んだ所で画像は停止した。
時間を聞くと担当さんはまた振り向いて、2551時間と45分12秒だと答えた。
わたしは仏頂面からニコリとした。
「3ヶ月半でこの有様ね。あなただったらこの園で何をする」
すると担当さんはサラリと答えた。
「まず衣類を調えます。次は住む家。長い時間を有意義に過ごす方策を練ります」
担当さんは仕事をしながら自分だったらこうすると空想しているのだろうと思った。
「そう、有意義に過ごしたい。材料は豊富だし、石器時代からやり直すしかないよね」
でもマリーが作ったものは麦わらの粗末な腰巻と胸あてだけ。
「次を見せて」
「すごく単調なのでいっぱい飛ばしますよ」
担当さんがダイヤルを回すと、また映像が動きだした。
映し出されたマリーは岩影で寝ていた。コマ送りでみると岩影の中でゴロゴロ寝返りをうってた。すぐさま腰巻と胸あてが分解し、少女のすべてが露出した。しかも決して日当りには出ない。この空間の日の出と日の入りはランダムに発生しているのに、必ず日影の中で収まってる。そして年次カウンターはどんどん進んでいく。
わたしは呆れながら感想を漏らした。
「なにかひとつの特技と言うか奇跡というかを見ているようね」
「そうですか」
担当さんにはつまらなく、ただ呆れる映像を、ディスプレーは延々と映し出した。
しかしゴロゴロは変わらないけど、少女のマリーはゆっくりと成長し、思春期女子の裸体を垂れ流すようになった。
わたしは赤面した。立ち上がって、皆が覗くディスプレーをさえぎった。それから暗がりのなかに集まる面々を、息を荒くして見渡した。
担当さんがわたしの態度を見て愉快そうに言った。
「この部屋に男性はいませんよ」
わたしは怒って返した。
「そのようね!いたら大問題よ!そしてこのハレンチな馬鹿女を野放ししたのは職務怠慢です!」
でも担当さんはいたって冷静で、
「我々は調査官どのに非難されるような仕事をしていません。初回の異常報告にはB176号は寝返りを止めたと警告しました。次にミイラ化したと報告しました。そして生体反応が検出されず環境が良化しましたと3回報告しています。これは規定に基づくもので過不足もありません。またB176号が危険度Cであることが理解できたかと思いますが」
担当さんの反論にわたしは1ミリも言い返すことが出来なかった。
「言い過ぎでした。許してください。明日は安心して収監空間に出発できます。協力ありがとう」
わたしは頭を下げると看守監視室をあたふたと後にした。そして憂鬱になった。
(ミカエル様は勿体つけていたけど、やっぱり遺体の回収じゃない)
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