第35話 インディ・ルース1
語り ヒミコ・アスクレーピオス・トヨウケビメ
翌日、わたしは再度刑務局に向かった。今度はマリーが収監されている懲罰の園に転送してもらうためだ。わたしは技術課長と名のる瞳の大きな少年と一緒にぶ厚い壁で造られた円筒形の部屋に通され、中央に立つように指示された。
「ぼくが退室すると女性技官があなたの補佐をいたします。転送できるのは生体の調査官だけで、眼鏡や衣類等は転送時に消失します。そして・・」
課長さんの話をさえぎってわたしは質問した。
「ちょっと。それって素っ裸で行けってこと」
課長さんは医師やエンジニア、理系の連中によくある態度で答えた。
「そうです」
ミカエル様から "全裸で仕事をしなさい" とは言われていない。とばっちりなのは判るけど、怒りは目の前にいる課長さんに向かった。
「そうなの。で、あちらにはイチジクの木くらいはあるの?」
「いえ、樹木は回復していません」
課長さんはくそ真面目にわたしを見た。ニヤリもなく "発育不良なイブになりそうだ" などとも考えてなさそうなのが良い。けど、わたしは腰に手をあて食い下がった。課長さんの顔に顔を突き出した。
「絹とは言わない、下は木綿の白でいいんだけど、なんとかならないの」
わたしの目を見て課長さんはいった。
「できません」
「そう!」
「希望すれば映像は遮断できます」
課長さんは目を外した。
「ぜひお願いします!」
でもまた課長さんはわたしの目をしっかり見て言った。
「しかし音声は規則によりできません。音声は常時女性の技官が傍受しており、調査官をバックアップするようになっています」
「それはとても心強いわね」
「眼鏡を預かります。ほかに貴重品と質問は?」
「ありません。さっさとやって下さい」
わたしは眼鏡を渡すとすごく目つきが悪くなる。でも課長さんは表情を変えず一礼すると、厚く重い隔壁扉を "ドスン" と閉じた。
続けてどこから聞こえてくるのか、カン高い女児な声。ここには子供しかいないのかと思った。
「調査官どの。転送時間は1分ほど、異空間を無重力の状態で通過することになります。通過後、人によっては吐き気や頭痛を発症させます。では準備はいいですか。現地に着いたらまた呼びかけしますよ」
わたしはうなずいた。と同時いきなり "ズン" という衝撃を感じた。とたんにきりもみ状態で白い何もない空間を飛ばされて、
「うわー・・」
1分後には大草原の斜面に叩きつけられるように落下した。
「ぎゃー!」
わたしは青草の斜面を何度もバウンドと回転を繰返してからやっと止まった。
そして腰をさすり、頭に手をあてた。
(痛い・・全身痛いし、頭痛と吐き気がひどい・・)
「聞こえますか」
空のかなたよりカン高い幼児な声がした。
「よぉく聞こえます・・」
「お怪我はないですか。頭痛や吐き気などありませんか」
(お怪我はないですかって。着地が最低だって知ってたら、事前に教えなよ。それにしても脳ミソを強く刺激する声はなんとかならないの)
わたしはぼやきを入れてから女児声に答えた。
「大丈夫。ところで天の声さん、わたしの名前は知っているのでしょ。あなたの名前は?」
「はい、ヒミコさん。わたしは "ルース・トート・パチャママ" といいます。でもみんな "インディ・ルース" とか、簡単に "インディ" と呼びます」
「ではインディ。わたしはこの仕事を早く終わらせたいの。帰る途中にはギリシャに寄って3年ぶりにパパと妹にあうの。一緒にクルーズ船に乗ったらダイエットを忘れて美味しい地中海料理をたくさん食べるの。だったらわかるでしょ、わたしの気持ちが。さっさと馬鹿女の位置を教えてちょうだい」
「お察っししますが頭痛の原因とお楽しみを邪魔するのはインディではありません。B176号の最終確認位置は湖の対岸、丘の上の大きな双子の岩です」
わたしは聞くと同時にハヤブサに変身して飛びたった。
「飛行中のヒミコさん、心拍や呼吸等はモニタリングしてますが、映像による確認はできません。メガネなしで大丈夫ですか」
「高度を確保しているから大丈夫よ」
インディは音がなく様子の見えないわたしを気遣ってくれてるようだ。
わたしは飛行しながらインディについて考える。着地の件を警告しなかったのは、話をさえぎられ、とばっちりを受けた課長さんに代わって意趣返しをしたのかも。おかしな仲間思いが良いか悪いか判らないけど、インディの仕事は案外真面目かもと思った。
わたしは湖水を渡ると急な斜面を一直線に飛び越えた。平坦になると点々と岩が見えるようになった。そして丘の一番高い所に双子の岩が見えた。
岩の大半は深い草に埋もれており、ちょこんちょこんと頭を出している。わたしは上を旋回した。
(いやだなぁ、なんでわたしだったの・・いやいや、つべこべ考えずにさっさとやっつけなくちゃ)
わたしはふんぎったら少し高い方の岩に舞い降りた。人の姿に戻ると低い岩に飛び移り、また躊躇せず腰ほどの高さに伸びた草むらに跳び降りた。が、着地が不安定だったため、片足が一歩下がった。
「ギャー!」
わたしはマリーを踏んだと思った。
「ヒミコさん!どうしました!ヒミコさん!」
わたしはインディの真剣な問いかけには答えず、草をゆっくり分けて覗き見た。そこには苔むした石があった。わたしは安堵のため息をついた。
「インディごめんなさい。苔た石を踏んだの・・ほかを探してみる」
インディもため息をついた。それからスーハーと深呼吸を何度かしてから、
「びっくりしました。おろく(死体)かと思いました」
インディもわたしもマリー・アスラ・イシュタルは死んでいると思ってた。わたしへのシンクロみたいな共感みたいなものに、好意を感じ嬉しくなった。
わたしは草を分けてマリー探しを開始した。
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