第33話 ヒミコ1

 狐尾のかたり


時は過ぎた。世界の人口はマリーの収監当時で5億人ほど、現在は約70億人。増大した願いを処理するために、と言うより万能な神々に新たな玩具が現れ、興味で導入したと言うべきだろう。白が基調の大天使ミカエル様の執務室にもコンピューターが置かれた。

そこで指揮を執るミカエル様にとってマリーは、四千人以上いる見習いのひとりであり、懲罰の園に収監している悪神や堕天使ほどの厳重監視対象ではない。お仕置きとして、暗くて狭い物置に押込み、反省を待つと言うべきレベルなものだった。だがミカエル様はマリーの存在を忘れていたわけではないが、他に心を砕くことが多く放置した状態になっていた。


そんな日々に刑務局より報告がきた。ディスプレーをスクロールしていると懐かしい名を発見した。


『収監者マリー・アスラマハーバリ・イシュタル(♀)B176・1333。危険度C。生体反応を検知できず消失の可能性大、捜索を進言』


「ほう、化けたか。いや化けるはずもないが、死なれても困る」


ミカエル様は楽しそうに独り言をいった。そしてしばし思案をしてからインターホンに向かって命じた。


「ヒミコ・アスクレーピオス・トヨウケビメを寄こすように手配しなさい」



翌日、黒髪にメガネをかけた小柄な少女がミカエル様の執務室にはいった。


「ヒミコ、急遽の頼みが出来た。懲罰の園へ行き、B176号の確認をして欲しい」


(いきなり呼ばれてこれですか)


ヒミコは上目使いで返した。


「B176とはマリー・アスラ・イシュタルではありませんか」


「ほう、よく知っているね」


ミカエル様は立つと乗り出すように机に腰かけ微笑んだ。

ヒミコはマリーを、頭の軽い凶暴なヤツとしか思っていなかった。


「やばくないですか。自身の父神様にフレアを浴びせたお馬鹿だと聞きました」


ミカエル様は嬉しそうにいった。


「生体反応が検知されていない」


それからのヒミコの質問は早口だった。


「えっ!それって思考探査を回避しているってことですか。天使様や堕天使と同じじゃないですか。懲罰の園にいるマリーが天使様になりっこないです。堕天使に進化しちゃったのですか」


ミカエル様は爽やかに答えた。


「だが刑務局の危険度判定はCだ」


Aが最大でCが最小である。


(それでは死んじゃった)


ヒミコはお馬鹿でも、死んだかと思うと同情はした。

ミカエル様はヒミコのこころを読んで答えた。


「刑務局はマリーが化けている可能性はないと判断している。そしてわたしも化けていないと思う。わたしも刑務局の子たちもマリーをよく知っている。あの子は簡単に化けられるような子ではない。寿命はまだあるはずだが消失しているかもしれない。とにかくマリーに何かが起きている。きみに確認作業をしてもらいたい」


「なんで化けていないと思われるのですか」


ヒミコは同情はやめ、今度は自分の安全を考えた。ヒミコの父神と母神は医学と食物の神である。ヒミコに戦闘力はなかった。

ちなみに化けるとは天使見習いが天使もしくは堕天使に進化することの俗称である。いままで進化した見習い天使はいないが理論上進化する。ヒミコもそして四千以上の天使見習い達も進化するため与えられた職務はもちろん、日々自己の鍛錬を怠らない。


「将来は別として、簡単に化ける事のない子なんだ。一言で表現できないが、そうだな、おっちょこちょいのグズなお人好しだからね」


ヒミコは不満を顔に表した。


「ではなぜわたしがこの任に選ばれたのですか」

(死んでいるなら、ただの遺体回収作業じゃん。気持ちわる)


ミカエル様はとぼけた。


「まあ、なんとなくかな」


ヒミコはこころを読まれているのを承知で悪態をついた。


(うそつき、やはりなにかあるのね)


「すまんな、ヒミコ、まだ理由はいえない」


ミカエル様はそう言うと片目をつむり、ヒミコの肩を抱いて部屋の出口ドアまで導いた。


「出かける前に刑務局の監視室を訪ねなさい。いろいろ聞くことができる。では頼んだよ」




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