第29話 王子2

 狐尾のかたり


「息子よ、おまえが陰謀策略を駆使するはラ・ピュセルの教えというのか、それではラ・ピュセルが哀れじゃ。その様なつもりで言ったのではないはず、幼子と戯れただけじゃ」


「そのようなこと、百も承知です。こんにちラ・ピュセルは陛下の口利きで復権し、聖女に祭り上げられています。しかし実体の姉は、ただ己の信ずるところを貫き、イングランドにより魔女として焼き殺された。ただそれだけなのです・・そう、戦場の聖女はそれでいいのです」


ルイはあらためてシャルルを強く見て続けた。


「しかしながら、我らは違いますぞ。蜘蛛だ、蛇蝎(だかつ)だ、恥知らず。なにを言われようが、敵対するもの、将来の脅威にはどんな手段を使っても排除し、神より授かった王権を繋ぎ、勝ち残らねばなりません。それらは我らに忠誠を誓う者達への義務でもあります」


「わしは義務を怠る排除の対象だったか」


「我らの王国フランスのためにも・・」


くどいがルイは父王になんども謀反を起している。


「まあいい・・そちとラ・ピュセルとの関係はわかった。死ぬ前に聞きたいことは何だ」


「陛下、話はまだ続きがありますぞ」

ルイは目を細めて父を見た。





 語り ルイ・ド・フランス 第九代ヴィエノワのドーファン 

    (後のフランス王ルイ十一世 慎重王 偏在する蜘蛛)


それから一年もたたず、コンピエーニュでラ・ピュセルが捕虜になったという話を女官から聞き、わたしはうろたえました。もちろんノエルの消息も尋ねました。

「わたくしは知りません」女官は両手で顔を隠すと走り去ってしまいましたよ。まったく女と言うのはまわりくどくて。で、わたしは確証を得たくて母上のところへ行き、ラ・ピュセルとノエルの消息を尋ねました。しかし母上はノエルどころか、ラ・ピュセルの名前すら忘れていました。「貴人は恩を知らず」とはこのことですな。仕方なく廊下で会う者片っ端、二人の消息を尋ねました。しかしみな知らないと言います。わたしは癇癪を起しました。すると見かねた老騎士が教えてくれました。


「殿下、お気をつよく。つらい話ですが申し上げましょう。確かにラ・ピュセル殿は捕虜となりました。ご舎弟のノエル殿は姉上殿を護るために奮戦し、討死されたと聞きました」


わたしの落胆ぶりは陛下にも想像易いと思います。




「ルイよ、すまんがわしは長い話を聞く力がない、手短にならぬか」


シャルルは疲れている。しかしルイはそれを無視して話の続きを始めた。




一年後ラ・ピュセルはルーアンで処刑されたのですが、父上に忖度しているのか、誰もが恩人であったラ・ピュセルを話題にすらあげず、悲劇をわたしに教えてくれませんでした。では誰が閉じられた宮廷で教えてくれたのか。教えてくれたのは死んだはずのノエルでした。

陛下、これからの話は陛下がどう思われようと勝手です。しかしわたしが実際に見て聞いたことなのです。


ノエルの亡霊が現れたのは7月の初め。アンジュー公(ルイの母の弟)が虜になった知らせがあり、母上が大騒ぎをしていた晩ですから陛下もあの日のことは覚えておいででしょう。

わたしは母上を慰めると部屋に戻りましたが寝つけず、窓から寂しくも異様に明るい月を眺めておりました。

そしてふと振り向くと、ノエルが畏まっていたのです。

驚きはしましたが不思議と恐怖は感じません。

わたしも片ひざをつき、ノエルの手を取りました。


「ノエル、生きていたんだね」


ノエルは僅かに微笑むと小さく肯いてくれました。


「よかった。いろいろと話があるはずだよ。ぼくにしっかり聞かせておくれ」


ノエルはまた小さく肯きました。

わたしはノエルを寝台に導くと、自分もその横に座りました。

そして強い月光の中、ノエルの声を待ちました。


「王子、いえドーファン様。いまもジャネットとぼくを姉兄弟と思し召すなら、ぼくらの深い恨みをはらしてはいただけませんか」


「いつまでもジャネットは姉で、ぼくらは兄弟だよ。さあ、もっとくわしく」


わたしはノエルの手に両手を添えました。するとノエルはとてもやすらいだ表情を見せると腰の袋から小枝を取り出しました。


「言葉で現すことはできません」


枝先をわたしの額にそっと触れさせたのです。

するとノエルが見たことがらが、わたしの頭の中に送り込まれたのです。

それはラ・ピュセルが馬より落とされ捕虜になるところから始まり、ノエルが墓場から這い出て亡霊の少女と旅をし、ルーアンへ救出に行くも力尽き、ラ・ピュセルの処刑を無念に傍観するものでした。またその処刑はまことに残酷、最後の姿は水浴で見た美しいラ・ピュセルの姿とはあまりにもかけ離れていました。わたしはあまりの恐怖とおぞましさのため気を失い、気づいた時には床に倒れておりました。そしてノエルの姿はそこにはなく、その後も姿は見ていません。ただ今でも眼を閉じればあの日の刑場に立つように、無残なラ・ピュセルの姿が見えるのです。




 狐尾のかたり


「なるほど・・」


シャルルは疲れ、ひじ掛けにもたれている。ため息を一つつくった。


「そういうわけか。明るい少年だったおまえが、突然陰気な目で人を見るようになったのは」


「わたしは成長すると姉に関わることをいろいろと調べました。だれが何を目的にラ・ピュセルを殺したのか」


「イングランドのやつらに聞けばよい」


シャルルはルイから目をそらした。


「白々しいですぞ。ならば陛下に死なれる前に伺いましょう。ひとつはあの日、ラ・ピュセルと父上はふたりだけでなにを語らったか」


あの日とはシャルル七世がシノン城で初めてラ・ピュセルを謁見した日のことである。


「皆、あの日のことを知りたがる。ラ・ピュセルはいかなる拷問にも耐え黙秘した。わしもあの日のことは墓場までもっていく」


「ならば、大恩あるラ・ピュセルをなぜ見殺しになさったのです」


「これも教えぬといったらどうする」


シャルルは意地悪そうに勿体つけてルイを見た。


「ならば復讐あるのみ」


「復讐とな!片腹痛いわ。死病に臥した老いぼれに復讐とは面白い・・さあどうする。わしをラ・ピュセルのように焼いて河にでも流すか。いかなるものか言ってみよ」


「・・・・・」


「ふん、大馬鹿者め・・・だがおまえの言う話、わしは寸分の疑いなく信じる。聞かせよう。そちだけが不思議を得たのではない」


                           第46話 父王1に続く

                          

                     



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