第30話 捕縛

語り マリー・アスラマハーバリ・イシュタル 


ぼくは腰の袋から小枝を取りだすと枝先をドーファンさまの額にそっとあてました。

ぼくがコンピエーニュから見たものが小枝を通して伝わっていくのがわかります。最後にはお姉ちゃんの無残な姿を見たのでしょう。気を失ってしまいました。ぼくは冷たい床に倒れるドーファンさまを抱き起し、寝台に移そうとしました。すると黒い影がぼくとドーファンさまを覆いました。

見上げると天使服のライサ、アンナ、エカテリーナの三姉妹が居るではないですか。ぼくは嬉しくなって三人の手を取りはしゃぎました。しかし三姉妹は厳しい表情で生返事をするだけです。そして理知一番のライサが寂しそうに言いました。


「マリー。帰りましょう。このままでは堕天使になってしまう」


(ははーん・・)


三姉妹は友好のために来たのではないようです。

ぼくは事態がわかったので小枝を棍棒に変え、マリーの姿になりました。


「助言さまの真似も出来ないわたしが堕天使なんてステキだわ」


「だめよ!一緒に帰りましょう」


一番の仲良し、泣き虫アンナが叫ぶようにいいます。胸が締めつけられるほどその優しさが伝わってきます。


「断るわ。お姉ちゃん仇を討つまでは帰らない」


「だったら力ずくでも」


気丈なエカテリーナが凄みます。


わたしは王宮内でもめ事を起こしたくありません。空へと移動しました。もちろん三姉妹も追ってきます。

わたしは小さくなった王宮を足もとにして軽やかに笑いました。


「武神魔神の娘が、芸術と歌謡舞踊神の娘たちに、ハイハイと従うとは誰もが思わない。だれかお強いお方がきているはず」


三姉妹の表情が面白いように変化します。


(そうよ、必ず後ろ盾がいるはずよ)


すると三姉妹の前にお母様が出現しました。

わたしは納得して、


「お母様!」


と、無邪気に喜び、両手を広げて飛びつこうとしました。

でも寸前に違和を感じたのです。


「違う!何者よ!」


いつもなら優しい表情のなかにある妖しさとは違い、お母様にはない巨大な武威を感じました。わたしは飛びのき、有無を言わさず地獄のフレアをこの偽者に浴びせました。しかしフレアは片手で簡単に防がれ、散った破片が三姉妹に悲鳴をあげさせただけです。偽物のお母様は冷たく笑い、そしてゆっくり近づいてきます。わたしは激しい恐怖を感じ、逃げようと思った瞬間、体は硬直して動けなくなりました。


「マリーよ、一目見ただけで愛おしくなったのにつれないな」


男性の声でした。

偽者のお母さまはわたしの肩を包み込むように抱き抱擁をします。

が、いきなり凄まじいエネルギーを放出し、悲鳴をあげたと思うのですがわたしにその後の記憶はありません。




 狐尾のかたり


本物のイシュタル様が出現し憤慨しました。


「あら、ひどい!・・白目むいて泡ふいちゃってる。髪もチリチリ、あたし譲りの白い肌が浅黒くなっちゃったじゃないの。こんなんじゃ、毎日天牛の乳風呂を浴びても戻すに20年はかかるよ」


偽イシュタル様は短髪の少年姿に変わりました。マリー、メアリー姉妹の父神アスラ様です。アスラ様はフレアを受けた手をイシュタル様に見せました。


「やけどだ。おれの心配もしてくれ」


「ゲジゲシ並みに腕はあるでしょ。1、2本減ったって大丈夫よ」


「おれの手より髪や肌のほうが大切か。それにウエーブな髪も美しい。女の子は色黒の方が健康そうで可愛い」


「薄情者。衣だってコゲコゲだし、少しは手加減しなさいよ。この子はあんたの素質も持っているのよ」


「薄情者はどっちだよ。十分手加減した」


アスラ様はイシュタル様の抗議に閉口しています。

イシュタル様はパンパンと手を打つと三姉妹に命じました。


「あんた達、マリーを家に届けなさい」


「王子の記憶を消去しますか」ライサが進言します。


「・・しなくともいいや。その方が面白いかも」

イシュタル様は一度妖しく微笑みました。そして、

「それよりもこのお馬鹿を引渡す前にあたしの娘として少しでも女を上げとかなくちゃ」


イシュタル様にはマリーの容姿のことが一番重要でした。






語り マリー・アスラマハーバリ・イシュタル


わたしはうつむいて湯舟に浸かっていることに気づきました。

慌てたので白いお湯をたくさん飲んでゲロゲロしました。そしてよろよろと這い出てまた気づきました。

自慢の白い肌が浅黒くなってるじゃないですか!

姿見に立つと、なめらかだった髪はクリクリに!

わたしは悲鳴を上げ、へたり込みました。

声を聞きつけた三姉妹が入ってきます。


「服を着たらお母様に会いましょう」


アンナがやさしく語りかけてくれます。


三姉妹はわたしを立たせるとからだの隅々まで拭いてくれます。

わたしは恥ずかしさに涙があふれます。自分の容姿ばかり気にして大事なことを忘れていました。


「ごめんなさい。どうしてもジャネットお姉ちゃんの仇が討ちたかったの」


三姉妹はしばらく無言でしたが、


「辛かったね」


上半身を拭くライサが同情してくれました。


「でも天使見習いにあるまじき行いよ」


濡れ髪をふくエカテリーナは手厳しい。


わたしは唇をかんで仕上がりを待ちました。

それから天使服を着せられ、アンナに手を引かれお母様の前に立ちました。

目を合わすことはできません。わたしは失敗したら帰らないと誓ったのですから。


「あいつの言うとおりかも。波打つ髪も黒い肌も白い衣装に合っていいかもね」


お母様はわたしの容姿がまだ気になるようです。

わたしは跪きました。


「お許しください。マリーはしくじりました」


わたしは床に額をつけました。


「挽回の機会はまだあるから気落ち・・あれ、ハゲがあるじゃない!」


お母様は投石を受けた傷を見つけました。


「天罰です。小枝を使おうとしたら、石が降ってきました」


わたしはコンピエーニュの体験を話しました。


お母様は小首をかしげます。


「おかしいね。ひとに使えばたしかに懲罰委員会で厳しい処罰が下されるけど、事前には何も起きやしないよ」

そして、

「戦に投石はよくあるもの。それでよかったかもしれない」


わたしが素質を使わずにすんだと言っています。なぜなら見習いがひとに危害を与えれば重罪です。消去されてしまいます。

ですがお姉ちゃんを助けてあげられなかったのは無念です。


「きょうはゆっくりしなさい。あすは懲罰委員会で査問があるからね。聞かれたことは正直に答えなさい。おまえの心の中は神々にはお見通し、偽りは罪を重くするだけだよ」


わたしはゆっくり頷きました。

そしてお母様は深くため息をついてから、


「疲れたね、しばらく休むよ」


と、仰って寝台に横たわり、わたしは一度畏まると退室しました。

後日知ったのですがお母様はこの騒動で力を使い果し、起き上がるまでに150年かかったそうです。

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