第33話 冬の収穫祭

その日は朝っぱらから、町がやけに浮き立ってた。

 大根も人参も葉っぱが青々として、冬だってのに春みてぇな香りが漂ってやがる。温室農園の成果だ。


「おいおい博志の旦那、これ見なせぇ。大根がよぉ、赤ん坊の腕みてぇにまるまる太ってやすぜ」

 茂吉が鼻の穴ふくらませて、土つきの大根を突き出してくる。


「へっ、こっちなんざ人参が甘ぇんだ。ほら、かじってみな」

 清次が笑いながら差し出すもんだから、一口かじると――

「おお……砂糖入れたんじゃねぇかってくらい甘ぇな」


「ほれ見やがれ! わしの耕し方がよかったからよ!」

 雷五郎が胸張ってるが、その脇からお紺が言う。

「そりゃまぁ雷五郎さんも頑張ったけどさ、苗の世話はあたしら女衆がやったんだよ」

 と、腰に手を当てる。


「ほほほ、これで町ん中が腹いっぱいになれると思うと、わたしゃ涙が出ますよ」

 お鶴さんが目を細めて、白菜の山を撫でる。


 祭りの準備が始まると、瓦職人の又兵衛が巨大な釜を据え、長次郎が薪をくべる。

「へい、博志さん。今日は朝からどんどん炊きやすぜ。味噌汁に野菜ぶち込んで、温まってもらいやしょう」


 その横で、浮世絵師の竹村が筆を走らせてる。

「こりゃあ絵に残すしかねぇ……大根抱えて笑う町衆なんざ、滅多に描けねぇ場面だ」


 配給所の広場には、米問屋の用心棒山本までやってきた。

「おう、博志。この白菜、ひと玉もらっていくぜ。代わりに米持ってくるからよ」

「いいねぇ、物々交換ってやつだ」


 子供たちが温室の脇で雪だるまを作りながら、焼き芋の匂いが漂う。

 鍋から立ち上る湯気と笑い声が、冬空の下で混ざり合う。


 俺は温室の中を振り返って、思った。

 ――まさか、江戸でこんな“収穫祭”をやることになるとはな。

 でも、こういうのが生きるってことなんだろうな。

 

夜の冬祭り、冷たい空気の中、町の通りには薄く白い湯気が立ち上り、薪火で焼かれる焼き芋の甘い香りが漂っていた。


焼き芋屋の前では子どもたちが手をこすりながら、「ほれ、あったけえなあ」と笑顔で頬を赤く染めている。


軒先のおでん屋台には、大根やこんにゃくが静かに煮え、湯気がゆらゆらと揺れる。

熱い昆布茶や番茶を手にした長屋の男たちが集まり、体を温めながら賑やかに語り合っていた。


――


茂吉(腕組みしながら)「冬の祭りにゃあ、こうして皆で集まって、温かいもん食うのがいちばんよ。凍えた身体も心も、ほぐれてくるってもんだ。」


清次(煙草をくゆらせて)「そうじゃな、今年はわしらも温室の稼ぎで何とか越せそうじゃ。おでんの味もひとしおじゃて。」


雷五郎(大きな手で熱い番茶を持ち上げ)「拙者の体も芯まであったまるわい。冬の辛さもこれで乗り切れる。」


又兵衛(屋台の火を見つめながら)「焼き芋の甘さにゃ、わしも参った。昔の瓦職人の仕事も寒さに負けぬように、こうしたご馳走が欲しいもんじゃ。」


長次郎(障子の張り替え仕事で指先が冷たいが)「この寒さで手先も動きづらいが、祭りの賑わいで気が紛れる。お紺も元気そうで何より。」


お紺(町娘らしく肩をすくめて笑いながら)「ほんなこつ、寒さも何のそのよ。みんなとこうして顔合わせて笑うだけで、ほっこりするもんね。」


お鶴(おっとりと昆布茶をすすり)「今年の冬は厳しいけど、こうして皆が助け合えば乗り越えられると感じますわ。」


竹村(浮世絵の話題を振りつつ)「皆の笑顔は、浮世絵の絵の中だけでなく、この冬祭りにも描かれておるようじゃ。」


――


遠くの屋台からは、塩辛や干物を炙る香ばしい匂いが漂い、通りの灯りがゆらりと揺れていた。

寒さに凍えた身体を温めながら、人々の声が冬の闇に優しく響いている。


薪火の香りが町中に広がり、焼き芋の甘い匂いと炙った干物の香ばしさが風に乗って流れる。

竹村が描いた祭り絵が屋台の横に飾られ、子どもらが覗き込みながら笑い転げていた。


「いらっしゃい! 焼き芋は今が熱々だよ!」

お鶴が威勢よく声を張り上げ、素早く芋を藁でくるんで渡す。

「ほれ、手ぇやけどすんなよ!」


清次と雷五郎は番茶の屋台を出し、湯気を立てながら茶を注ぐ。

「冷えた体にはこれが一番だ。ほら、飲んでいきな!」

「うめぇ…! 芯まであったまるなぁ!」と町人たちが笑顔で杯を掲げる。


そこへ――遠くから、雪を踏みしめる靴音が規則正しく近づいてきた。

黒羽織に大小を差した役人たちが、きびきびと歩み寄る。

一行の先頭は中年の与力らしき男で、鋭い目をして祭りの様子を眺め回した。


「おい…博志さん、あれ…」と貴司が小声で肘でつつく。

「うん…あんまり関わらんほうがいい連中だな。見りゃわかる」

博志は腕を組み、現代の「現場監督」の目で一行を測る。


役人たちは温室農園の前で立ち止まり、透明な障子越しに茂吉たちが世話する青菜を覗き込む。

「この季節に…青い菜か。まことに珍しきことじゃ」

「温(ぬく)みを閉じ込める小屋を作り、雪の中でも作物を育てるとは…」

感心の声を漏らす者もいれば、胡散臭そうに眉をひそめる者もいる。


茂吉が前に出て、深々と頭を下げた。

「遠路はるばるお越しくだすって、かたじけねぇ。これは長屋一同で知恵と力を出し合い、やっとこさ形にしたもんでございます」


与力は腕を組み、「ふむ…」と低く唸る。

「町年寄や奉行所にも報せが届いておる。これが江戸全体に広がれば、米の足りぬ年も救えるやもしれん」


お紺がすかさず口を挟む。

「役人様、これはみんなで工夫して作ったもので。どうか町の誇りとして見てくださりませ」


後ろで雷五郎が小声で博志に囁く。

「おい、あの与力の目つき、なんか取られそうじゃねぇか?」

「だな…ああいうのは、褒め言葉のあとで“お上のものだ”って持ってくパターンがある」

「へぇ? なんでわかるんだい?」

「現代でも上層部ってのは同じことするからな…」と博志は苦笑する。


与力は最後に祭りの屋台を一巡し、焼き芋をひとつ手に取って匂いを嗅ぐ。

「ふむ…うまそうだな。値は?」

「へぇ、一文でございます」とお鶴。

「では、これも江戸に持ち帰り…」

「いやいや、お代をいただかにゃ困りますよ、役人様でも!」とお鶴がピシャリと言い放ち、周りがクスクス笑った。


雪の降りしきる中、冬祭りと温室農園の評判は、役人たちの耳を通じて江戸の上層にも届いていくのだった。

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