第31話 江戸に冬将軍到来

寒風吹きすさぶ江戸の朝だ。布団から抜け出すと、凍てつく空気が身に染みて、思わず肩をすくめちまった。外からは子どもたちの声がするけど、いつもより元気がねぇ気がする。


長屋の軒先では、おばあちゃんが凍えた手で大声で言い合っているのが聞こえた。


「あんた、今年は米が高くて買えやしねぇって噂じゃねぇか?」


「そりゃそうだ、今年の作柄が悪えって聞いたからな。うちの畑もからっからだ」


子どもらは寒さに震え、着物の襟をぎゅっと詰めている。商いの店先に並ぶ野菜も少なく、値札を見ればいつもよりずっと高い。


「うーん、これじゃあ、飯もまともに食えねぇな…」と思いながら、俺は通りを歩いた。布を売る露店のおばさんも、声が元気なくて、客寄せの掛け声もどこか弱々しい。


「ああ、これじゃ長屋の連中も苦労しそうだ」と、胸の中に重たいものが沈む。


そのまま隣の家の前を通ると、茂吉さんが顔をしかめてた。


「博志、今年は冬が来るのが早えってだけじゃねぇ。作物がぜんぜん育たねぇ。腹が減っている奴も多えんだ」


「こんな寒さじゃ、身体も動かしにくいし、なにより飯がないのが一番たちが悪えってもんだな」


そう言いながら、茂吉さんは竹の杖をつき、ゆっくりと歩き去っていった。


町の空気はどこかざわめき、不安が人々の顔に漂っている。


冬の寒さと食糧難が長屋を襲う中、米問屋の新築が完成したばかりの甚兵衛の屋敷にも影が差していた。連日の寒波で川の水量が増し、堤防が決壊。甚兵衛の倉庫の一部が浸水し、せっかくの米も湿気にやられてしまったのだ。


「なんてこった…このままじゃ客に渡す米が傷みちまう。商売が成り立たねぇ!」


甚兵衛は額に汗をにじませながら、必死に被害の状況を確かめていた。側近の用心棒・山本も不安げに声をかける。


「旦那、今のうちに復旧の手筈を整えねぇと、他の店に客を取られちまいますぜ」


「そうだな、すぐに職人を集めて修繕だ。ここで手を抜くわけにはいかねぇ!」


そんな甚兵衛の騒ぎはすぐに長屋にも伝わった。


「米問屋が大変らしい。倉庫が水浸しで、米が腐りかけてるってよ」


「それじゃますます米の値段が上がるってことか…わしらの口に入るのも難しくなるな」


おばあちゃんの声が響くと、長屋の人々の顔にも暗い影が落ちる。


清次が茂吉に向かって言った。


「こんな冬にこんな災難…長屋のみんなも何か協力せにゃ」


茂吉は力強く頷いた。


「そうじゃ。ここで助け合わねぇと、みんなで持たねぇからのう」


博志も内心で覚悟を決める。


「この江戸の冬、サバイバルだな。俺らにできることは何だってやるしかねぇ」


朝の薄暗い蔵の中。甚兵衛は足元に注意しながら壁を撫でるように見回した。ひび割れから染み出す湿気が冷たく、そこかしこにカビの臭いが漂う。


「こりゃ、いよいよやばいな……」


蔵の隅では、しまっておいた米俵の表面が黒ずみ、カビが浮いている。甚兵衛は静かにため息をついた。


数刻後、建築現場の近くで仕事をしていた博志の元へ甚兵衛がやってきた。


「博志どん、ちょっと来てくれ」


「どうしたんですか、甚兵衛さん?」


「蔵の土台が冬の寒さで傷み、湿気も入って米がカビちまってる。早ぇとこ直さねえと、米問屋としての信用がガタ落ちになる」


博志は険しい表情で頷く。


「こりゃ大問題っすね。資材や職人の手配も考えねえと……」


「この寒さで木も硬くなってるから、なおさら手間かかるぞ」


博志はその日から、職人仲間と協力し、厳しい寒さの中で修繕作業に取り掛かった。資材の搬入も滞りがちで、思うように作業が進まない。


長屋では住人たちが少しでも食料を分け合い、無駄を省く会話があちこちで聞こえる。


「今年は雪が多くてな、作物もよく育たねえ。困ったもんだ」


「そんな時こそ皆で助け合わにゃ」


作業中、甚兵衛は博志に言葉をかける。


「お前ら職人の腕が問われてる。ここの蔵は町の命綱だ。しっかり頼むぞ」


博志は疲労を押して必死に働く。


やがて、町の助っ人も集まり、皆で協力し合って修繕を終えた。  


そんなある日、役所の役人たちが重い足取りで長屋に現れた。


「皆の者、落ち着いて聞くがよい」


役人の声は厳しくも、どこか悲しげだった。


「このたびの米問屋の被害で、町全体の食糧事情がひっ迫しておる。役所では緊急の配給を決定した。毎戸、これだけの米を配る。これで何とか冬を越してもらいたい」


長屋の住人たちは、役人の手から米俵の一部を受け取りながらも、不安を隠せない。


「ありがてえ……だが、こんな量じゃ到底足りねえよ」


と、清次が小声で呟いた。


甚兵衛は役人に近づき、


「このままだと町の者たちが飢え死にしてしまう。何か対策は……?」


役人は俯きながらも答える。


「今はこれが精一杯でござる。だが、皆で助け合い、何とか乗り切ってほしい」


その日の夜、長屋では配給された米をみんなで分け合いながら、助け合いの気持ちが生まれていく。


博志はふと呟く。


「こんな時こそ、町の絆が大事だな」


貴司も


「現代のゲームでも、みんなで協力しないと勝てないっすよ。江戸も一緒っすね」


そうして、町は厳しい冬を迎えながらも、団結して耐えていった。

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