第30話 刺青合戦

山内が腕を大きく振りかざし、声を荒げる。


「おらおら、見ろこの龍の鱗の細かさ!まるで生きとるがごとく、風を切って空を翔けるんじゃ!」


山本は負けじと胸を張り、腕の虎の刺青を見せつける。


「へぇ、細けぇのは認めるぜ。だがこの虎はな、牙も鋭く、爪もとんがっとる。獲物を逃さねえ獰猛さは誰にも負けねぇんだ!」


湯気もうもうの銭湯の中、刺青合戦が最高潮に達し、観客たちも声援を飛ばしているその時—


突然、引き戸がガラリと音を立てて開く。


ザワザワと騒めく湯船の周り。


そこに現れたのは、全身に入れ墨を入れた異様な風貌の男。


首元には古びた数珠を巻き、険しい目つきをした風貌。


静かに歩み寄りながら、低くどっしりとした声で言う。


「おい、そこの刺青合戦……賑やかそうじゃのう。」


銭湯の雰囲気が一瞬ピリッと張り詰める。


茂吉が眉をひそめて言う。


「こいつは…一体誰じゃ?」


男はゆっくりと顔を上げ、銭湯の住人たちを見渡し、


「わしの名は『闇蔵(やみぞう)』。江戸でも名高い用心棒の一人よ。」


周囲がざわつき、何人かは身を引く。


雷五郎が一歩前に出て、挑戦的に言う。


「なんだと?その名は聞いたことねえが、ここでの勝負は終わったわけじゃねえ。見せてもらおうか、お前の刺青!」


闇蔵は冷ややかに笑い、


「刺青だけじゃない。腕力も技も、わしは江戸随一と自負しておる。」


貴司が小声で博志に、


「いやあ、この新キャラ、マジでラスボス感あるっすね…。」


博志は苦笑しながら、


「まだ刺青の話が続くのかよ…まったく、江戸の男は熱いな。」


闇蔵は背中をゆっくりこちらに向けて、重々しく言った。

「よく見やがれ、この背中にゃ、虎と龍が仲良うしとるんじゃ。お前ら二人分の刺青、わし一人で背負っておるわけだ。つまり…おめぇらの虎と龍も、この背中に入っとる。勝負あったじゃろ?」


山内が顔をしかめながらも負けじと、

「んなわけねえだろ!背中一枚分と腕と胸じゃ勝負にならんわ!」


山本も負けじと腕をまくりあげ、

「そいつはどうかな?虎は腕から胸までつながってるんだぜ。見てみろよ、これが本物の殺気ってもんだ!」


闇蔵はニヤリと笑い、

「ふん、わしの虎も龍も、江戸一番の力を持っとる。お前らが太刀打ちできると思うなよ。」


茂吉が割って入る。

「おうおう、どいつもこいつも、江戸の用心棒は刺青でしか語らんのかい。わしら長屋の顔役として言わせてもらうが、そこは心意気で勝負しろ!」



貴司は小声で博志に囁く。

「これ完全にラスボスの懐事情ですね、虎と竜のダブルセットとかチートすぎるっすよ。」


博志は苦笑いしながら、

「江戸の用心棒、気合い入れすぎだろ…まあ、この面白さは認めるけどな。」


闇蔵はゆっくりと振り返り、凛とした声で言った。

「そう言うお前らこそ、今度こそ俺の背中の虎と龍に敬意を払え。これが江戸の用心棒の覚悟ってもんだぇ。」


男たちは一瞬沈黙し、やがてざわめきながらも互いに頷いた。


銭湯の熱気が最高潮に達したその時、浴場の扉がゆっくりと開いた。

一人の男がゆったりと歩み入ると、背中をこちらに向けた。


男の背中には、力強く墨で描かれた大きな漢字があった。

「龍」と「虎」――


山内が目を丸くし、声を上げた。

「な、なんだと?漢字で龍と虎?おいおい、マジかよ!」


山本も驚きを隠せず、腕をまくり直しながら苦笑い。

「おいおい、絵じゃねえのかよ?そりゃあ…イカつくねえじゃねえか!」


闇蔵は背筋を伸ばし、静かに首をかしげた。

「漢字…か。そうきたか…意味は深そうだが、威圧感は薄いな。」


茂吉が眉をひそめ、口をぽかんと開ける。

「ん?……なんじゃこりゃ、龍と虎の字だけってのは?」


雷五郎も背中の筋肉をピクつかせながら、首をかしげて呟く。

「どいつもこいつも絵を入れとるのに、こりゃ字かい…?」


瓦職人の又兵衛が顔をしかめ、腕を組んで言った。

「おいおい、字だけじゃ迫力に欠けるんじゃねえか?どこが刺青じゃ、こりゃ」


障子職人の長次郎も苦笑いしながら、墨の入り具合を目で追う。

「字は字でも、漢字の龍と虎ってのは…なあ、粋じゃないよなあ」


清次が腕組みし、目を細めて首をかしげた。

「これで粋って言われてもなあ…俺にはさっぱり分からんわ」


みんなが「?」マークいっぱいの顔で見つめ合う中、刺青男はニヤリと笑った。

「字が示すは魂の強さ。絵に頼らん俺の真骨頂よ」


みんなの困惑の声が銭湯の湯気の中で交錯した。


男は一歩前に出て、静かに言葉を続けた。

「力や見た目じゃなく、心に宿るものだ。字が示すのは、決して暴力だけじゃねえ。お前らにゃまだわからんだろうがな。」


博志が貴司に囁く。

「いやあ、これには俺も参ったわ。刺青なのにインパクトゼロだもんな」


貴司が声をひそめて返す。

「いやもう笑うしかないっす。ゲームならバグレベルのダサさっすよ」


全員があっけにとられた表情のまま、場の空気はどこかほぐれ、和やかに流れていった。

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