第20話 露店の浮世絵
日が傾きかけた夕暮れ時。仕事を終えた俺は、ガタガタの体を引きずって長屋の路地を歩いていた。
「はあ……今日はほんと腰に来たなぁ。だけどよ、こうして終わった後のひとときが、なによりの楽しみってもんよ。」
人混みの中で、妙に派手な色合いの紙がはためく露店が目に入る。ふらっと近づいてみると、そこには鮮やかな絵がズラリと並んでいた。
「おっ、これは……浮世絵ってやつか?なんだか派手だな。こんなもん、昔の堅苦しい絵かと思ってたけど、全然違うじゃねえか。」
一枚手に取ると、色の鮮やかさと大胆な線が目に飛び込んできた。武士の勇ましい姿、町娘の艶やかな表情、波のうねりが生き生きと描かれている。
「まるで漫画の一コマみたいだ……すげえな。」
「おや、そちらの御仁、浮世絵に興味がおありで?」
背後から柔らかな声がした。振り返ると、年季の入った衣服に身を包んだ男が立っていた。腕にはインク染みのついた手拭いが巻かれている。
「わしはこの絵を彫り、摺る者——浮世絵師の竹村じゃ。お主のように素直に絵を見てくれる人は珍しい。」
博志は一瞬身構えたが、その真剣な目に引き込まれた。
「いや、正直言って最初は何だかわからんかったけど、この色使いと躍動感はマジで心に来るっす。こんなすげえ絵をどうやって作るんスか?」
竹村は笑みを浮かべ、手にした一枚を指さす。
「まずは彫師が板に絵柄を彫り込む。次に摺師が色を重ねていく。地道な作業じゃが、その積み重ねが、この躍動感を生むんじゃ。」
「なるほどなあ。職人の魂が乗ってるってわけか。」
博志は胸の奥で何かが熱くなるのを感じた。
「お主、腕っぷしは大工か?」
「はい、そこの長屋で大工やってます。」
「そうか。腕も気合もあるなら、きっとこの江戸の町で生き抜いていけるじゃろう。」
夕暮れの露店の隅で、竹村はそっと一枚の浮世絵を博志に手渡した。
「おう、これはな、『見返り美人』っちゅう人気の絵じゃ。着物の柄や表情の細やかさに魂が宿っとるんじゃよ。」
博志はじっと見つめ、絵の線や色使いの複雑さに感心した。
「こんな細かいもん、どうやって彫るんスか?俺、木工やっててもここまで細かいのは無理っすよ。」
竹村は笑いながら、「そりゃな、ワシらは細工に魂を込める職人じゃ。彫るのに何日もかけて、摺りのたびに色を重ねていくんじゃ。間違えば全部台無しになるからの。」
「つまり、失敗は許されねえわけか……」
「そうじゃ。だが、その分、完成したときの喜びはひとしおじゃよ。お主も大工として、同じ気持ちじゃろ?」
「そりゃあ、仕事終わってピシッとした建具ができたときは最高の気分っす。」
竹村はさらに続けた。
「江戸の町には、こういう技術や文化が溢れとる。浮世絵はその一端。お主も江戸の一員として、是非この世界に触れてみてほしい。」
「江戸の暮らし、人情、笑い、涙……わしの絵はそれを伝えるためのもの。見てくれ、お主も一枚どうじゃ?」
博志は一枚の色鮮やかな絵を手に取り、じっと見つめた。
「これ、もらいますよ。江戸での俺の記念に。」
竹村は笑顔で応じた。
「おぉ、それはうれしい。これからも江戸の町をよく見ておくれよ。」
博志は背筋を伸ばし、店を後にした。
夜の闇が町を包む中、新たな決意が胸に灯ったのだった。
露店から持ち帰った竹村の浮世絵を広げると、貴司は目を丸くしてじっと見つめた。
「え、マジこれ全部手で描いてんの?最近のゲームのテクスチャとか、正直ここまで細かくねぇっすよ……」
博志が横で呆れ顔で言う。
「お前、ゲームの話ばっかだな……でもよ、確かになんかリアルだな」
貴司は浮世絵の中の人物の表情をじっくり眺めながら、ひとりごとのように呟いた。
「こいつら、NPCの顔グラかと思ったわ。表情の作り込み半端ねぇ……これなら俺の推しキャラも負けるわけねぇわ」
博志は笑いながら、
「おい、真面目に見ろや」
貴司はさらに続ける。
「でもさ、この波の描き方とか炎の表現、2D格ゲーの必殺技エフェクトみたいっすね。カッコよすぎっすよこれ」
博志が苦笑して、
「そんなゲームの話ばっかしてると、浮世絵師に怒られるぞ」
貴司はニヤリと笑い、
「いや、ゲームだってアートっすからね。浮世絵も今のゲームも、結局は人の心を動かすって意味じゃ同じっすよ」
博志は感心したように、
「……お前、案外いいこと言うな」
二人は浮世絵を囲んでしばらく話し込んだ。現代の感覚と江戸の技術が、不思議と交わる瞬間だった。
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