第7話 貴司の苦悩
――どこだよ、ここ。
茂吉に叩き起こされた貴司は、目を開けてもまだ夢の中にいる気がした。
天井は煤けた薄い板、窓なんてものはなく、明かりはすだれ越しに漏れる朝の陽。
畳がむし暑くて、体がじっとり汗ばんでいる。
(寝汗? いや……てか、暑すぎるだろ)
隣には布団も敷かずに寝ている男たちの寝息。
いびき、蚊を払う音、誰かの寝言。エアコンの音も、スマホのバイブも、何も聞こえない。
「ほら、起きねえか。朝めしが冷めるぞ」
茂吉が、口をもごもごさせながら貴司の肩を叩いた。
食卓なんてものはなく、囲炉裏の横にちゃぶ台。木の器に、麦飯と、味噌汁、そして煮干しの小鉢が置かれている。
「……まじかよ……またこれ……」
昨日の夕飯と、ほとんど変わらない。ぬか漬けが添えられてるだけマシだろうか。
だが、炊きたての飯に感動――なんて情緒は、今の貴司にはなかった。
「ありがたくいただけよ。贅沢言える立場じゃねえんだ」
茂吉はそう言って、ぼそぼそと飯をかきこんでいる。
「……コンビニ、ないんだよな」
茂吉が箸を止めて、何を言ってるんだという目で見てくる。
「なに? こびんに? なにそれ、薬かなんかか?」
「あ、いや、なんでもない。……てか、風呂って、どうすんの? シャワーもねえし」
「風呂? 風呂は大家の裏にある五右衛門に順番だ。朝はまだ湯が沸いてねえ」
(五右衛門て……あの、釜みたいなやつか? マジかよ……)
朝から気が重かった。
歯ブラシも、デオドラントも、Wi-Fiも、スマホの充電器も、何もない。
もちろんネットもテレビも。電波も文明も、なにもかも失った。
(……やべえ、俺、どうすんだこれ)
目の前の麦飯を見つめたまま、箸を持つ手が止まる。
なんとか食べようとするが、味噌汁の塩気が胃にずしりと重い。
「顔色わりぃな。腹こわしたか?」
茂吉が心配そうに覗き込む。
だが、貴司はかぶりを振った。違う、体じゃない。問題は、頭だ。心だ。
「なあ……もう戻れねえのか?」
「は?」
「……いや、なんでもない。ちょっとだけ、考えてただけ」
口をついて出そうになった“俺、未来から来た”の言葉を、ぐっと飲み込む。
こんなこと口にしたらどうなるか。博志が言ってたじゃないか。
――「そんなもん言ったら、牢にぶち込まれるぞ」
ここはそういう場所だ。
ゲームのチュートリアルもなけりゃ、やり直しも効かない。
間違えたら、下手すりゃ飢えるか殺される。
(俺、なにしてんだよ……)
食いかけの麦飯が、やけに遠くに見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます