第6話 初仕事と現実の重さ
汗が、首の後ろをつう、と流れていく。
板の香り。土埃。誰かの足音。陽に焼けた木の表面が、光を照り返している。
「異世界に来た」なんて、そんな安っぽい言葉じゃもう足りねえ。
目の前にある材木は、ただの木じゃねえ。これから人の家になる。柱になる。梁になる。
それを、誰かが組む。誰かが釘を打つ。誰かが、手を入れる。
「おい、博志! そっちの木、端に寄せといてくれ!」
背後から飛んできた声に、反射的に「はいよ!」と応える。
……あれ、今の、俺の声か。
気がつけば、体が勝手に動いてた。
木の重さは、昔と変わらねえ。バールもノコも、今と形が違えど、構造は似てる。
――そういや俺、元はこういうのが好きで、大工になったんだよな。
茂吉の口添えで世話になったのは、小さな町場の棟梁の元だった。
職人の人数も限られてる。だから手伝いは、早ければ早いほうがいいらしい。
最初は木の運搬だけ、軽作業だけって言われたけど、気がつけば手が勝手に動いてた。鉋の重みも、鑿の感触も――なんだか懐かしい。
懐かしい。
「……おい兄さん、あんた、前にもこの道やってた口か?」
らしい。
「いや、まあ……ちょっとな」
若い職人が、目を細めながら手を止めて見てきた。
茂吉の口添えで“手間賃くらい出す”って預かってくれてるのは知ってるが、それ以上に現場での手の動きのほうが、何かを物語っていたらしい。
そして適当にごまかす。説明したってどうせ伝わらねえし。
“未来から来ました”なんて言えば、こっちじゃ牢屋か座敷牢送りだ。
昼の飯は、麦飯に味噌汁、それと煮干し。ぬか漬けが想像より美味かったのが救いだった。
器が重い。箸が短い。だけど――それが“日常”として出てくるようになった時点で、俺はもう半分こっちの人間なんだろうな。
「……おい博志、ちょっとこっち手伝え!」
「はいはい。今行く!」
こうして日が暮れるまで働いて、汗だくになって、顔も洗えねえまま、土間に寝転ぶ。
でも不思議と、悪くねえ。
電気も、ガスも、冷蔵庫も、コンビニも――ねえ。
けど木の手触りがある。誰かの声がある。
そして、俺の体は、まだ動く。まだ、生きてる。
夜の長屋。五右衛門風呂の湯気。井戸からくむ水の冷たさ。どれも、今の俺には沁みる。
“サバイバル”ってのは、案外こういうもんかもしれねえ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます