第2話 町人・茂吉との出会い
あのまま、夢か現実かわからない中で目を覚ました俺は、なんとか上半身を起こして周囲を見回した。
空気が違う。
何かが、根本的に。
「……おい、あんた。生きてるか」
低く、少しかすれた声が背後から聞こえた。
振り向くと、縄のように結ばれた藁草履を履き、腰に手拭を差した男が、俺を見下ろしていた。
「ひょっとして、道中でぶっ倒れたのかい。頭でも打ったか?」
目が合う。どこか人懐っこいようで、警戒も忘れない目。
汚れた浅黄の着物に、日焼けした顔。何より――言葉が、古めかしい。けれど、ちゃんと日本語だ。
「ここ……どこですか?」
俺がそう訊くと、男はきょとんとした顔をしたあと、ふっと笑った。
「何言ってやがんでぇ。見りゃわかるだろ、神田のはずれだよ。ほれ、川っぷちさ」
神田。……東京? 川っぷち?
「おめぇ、まさか……迷子か。道にでも迷って寝ちまったとか。いや、まさか病持ちじゃねぇだろうな?」
少しずつ近づいてくる男。その足音に、俺の鼓動も高鳴る。
「俺ぁ茂吉ってんだ。ちっとも偉くはねぇ町人さ。どうにも放っとけねぇ質でな、こういうの見ると声かけちまう」
茂吉。名乗られたその響きが、妙にしっくりくる。
その口調も、佇まいも、現代ではありえないほどに「地に足がついている」ような気がした。
「お前さん、ほんとにどこから来た? 着てるもんも変だし、頭も坊主で……坊主にしちゃ袈裟もねぇし、何だいそりゃ」
俺の服は、ユニクロのシャツと作業ズボン。職人仕事用の服だ。けど、今この時代にとっては――異物でしかない。
「あんまり突っ立ってると、見回りの連中に怪しまれるぜ。こっち来な」
茂吉が手招きする。俺はその手の動きに、なぜか逆らえなかった。
彼の後ろに見えたのは、人と物と音がごった返す町並み――。
瓦葺の屋根。木の看板。水桶を運ぶ女。
遠くから聞こえる、飴売りの「ちょいと舐めてけえ」って声。
町火消の法被を着た男たちが、大声で笑い合いながら歩いていく。
「ここは、江戸だよ。おめぇ、ほんとに変わってんな……でもまあ、変わり者はここには腐るほどいる。心配すんなって」
俺は目の前の光景に、ただ立ち尽くすしかなかった。
頭の中で、何かが崩れた。
――ああ、これは……もう戻れないのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます