江戸サバイバル
チャッキー
第1話 目覚めよ、江戸の土の上で
目が覚めたとき、最初に感じたのは、鼻をつく土の匂いだった。
ぬかるんだ地面にうつ伏せになっていた。顔を起こすと、視界の端に藁葺きの屋根が見えた。耳には、聞き慣れない鳥の声と、人のざわめき。だが、どこか懐かしい——いや、知ってるような、でも、知らないような。
ゆっくりと身体を起こすと、腕にまとわりついた土がぽろぽろと落ちた。作業着は見当たらない。代わりに着ていたのは、薄汚れた木綿の着物だった。下駄すら履いてない。素足に小石が刺さっていた。
「……なんだ、これ」
声が出た。自分の声だった。喉がひどく乾いていた。
周囲を見回す。土壁の家々、汲み取り式の便所、裸足の子どもが笑いながら走り去っていく。誰かが近くで「かしこまりました」と言って頭を下げていた。頭に手拭いを巻いた女が、籠をかついで歩いている。
ここは、どこだ?
……いや、違う。これは、いつだ?
俺の名前は中島博志。三十代、独身。元・大工。
六本木の現場で足場を組んでいたはずだった。ちょっとした足を滑らせた記憶と、空がひっくり返った感覚。あのあと……気を失ったのか? いや、そんなはずは。
「おい、兄(あに)さん、具合でも悪いのかい?」
後ろから声がした。
振り返ると、男がひとり、藁草履を履いて立っていた。年の頃は四十代後半。腰には細い縄を巻いて、肩から布袋をさげている。町人、ってやつだろうか。
「ど、どうも……いや、すまねえ。ちょっと、どこかに頭ぶつけたかもしれねえ」
つい、口調がうつる。
男は目を細め、じろりと俺を見た。
「着物の着方が変だな。旅の者か? ま、宿がないって顔してる。ついてきな。オレんとこ、狭いが一泊ぐらいなら、どうにかなる」
そう言って男は、さっさと歩き出した。
俺は訳もわからず、その背を追った。
土の上を歩く足の裏が、痛かった。
でも、どこか確かに、俺は——生きていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます