第13話 限られた時間で、最高の思い出を

 紗音の中で眠っていて、いま私の目の前で復活した姿を見せた魔王カノン。黒髪に真紅の瞳はかつてのままだけれど、もう世界を滅ぼすような邪心はないと言う。

 その目的は想像の斜め上をいく壮大なものだった。滅びてしまったアチラの世界……異世界を落語の力で復活させるという。


「そんな事が本当に可能なの……?」

「ええ、もちろん簡単ではないわ。まずアチラの世界を形作る壮大な物語……落語が必要よ。中途半端な技量じゃダメ。先程のアナタの創造した小世界どころじゃない、世界全体を覆いつくほどの落語、それを圧倒的な技術で語る。そしてそれを消えないように私の魔力で固定する。これで世界は復活する……はず」

「そんな落語が作れるかしら……?」

「できるわよ。私には世界の歴史そのものが詰まっている。そしてアナタはその世界を救うために隅々まで旅をして多くの人達と出会った。2人の力を合わせればきっとできるはず」


 本当にできるのだろうか。私とカノンで落語を作り異世界を復活させる。落語にそこまでの力があるのだろうか。


「それで私はどうしたらいいの?」

「まずはこれまで通り落語を教えて欲しい。それにまだ完全な復活には時間がかかるの。1日に30分〜1時間位かしら。それまではこの娘……紗音の中で眠っているわ。大丈夫、この娘の中にいる内に聞いた事は私にも聞こえているから。まぁこちらの世界のゲームで言うなら経験値がそちらにも振り分けられる……みたいな。その内に私の覚醒時間も増えてくるはず」

「じゃあカノンが完全覚醒して、落語の技術も磨かれたらアチラの世界を描いた落語を作って、世界を復活させる……という事?」

「そうなるわね。ふぁぁ……」


 シリアスな話をしている最中だったがカノンが突然アクビをした。クールに振る舞っていたけれどこんな姿は可愛らしい。


「どうしたの? 疲れた?」

「そうね、もう今日は限界みたい。この娘に、紗音に身体を返すわ。あっちには私の記憶はないから適当に話を合わせていてちょうだい」

「う、うん……。あ、待って!」


 一つだけ気になっていた事がある。それを確認しなくちゃいけない。


「何かしら? もう眠いのだけれど」

「あなたが、カノンが覚醒したら紗音はどうなるの?」

「あ……ごめんなさい」

「え……?」

「消えてしまうかもしれない……多分」

「消える……? 多分……?」

「あの娘は私、カノンの器として作られた仮初の存在なの。私が眠っている間だけ表に出ている擬似人格。それはこちらの世界に転生しても同じ。私が完全に目覚めたら……また消えてしまう……と思う」

「そんな……。なんとかならないの?」

「私が完全に覚醒しない限りはアチラの世界を甦らせる事はできない。世界の復活と紗音の存在は二者択一なのよ。そして私はなんとしてもアチラの世界を復活させたい。だから……」

「カノン……」


 カノンは悲痛な表情で訴える。確かに世界の復活と天秤にかけたら一人の命は軽いのかもしれない。でもせっかく二度と会えないと思っていた恋人と再会し、新たな関係を築けたというのにまた別れなくてはならないのか……。


「どちらにしろ時間が経てば私は完全覚醒する。紗音の人格が表層に出る時間はどんどん減っていくわ。だからせめて……沢山の事を教えて、沢山思い出を作ってあげてちょうだい……」

「うん……そうする……」

「もしかしたら何か方法があるかもしれないわ。それは考えるから……。ふぁぁ、それじゃあ……もう時間みたい。また目覚めた時に会いましょう」


 言い切ったカノンは目を瞑った。その黒髪は金髪に、赤い眼は碧眼に戻った。カノンから紗音になったんだ。


「あれ……ワタシ……?」


 目をパチクリさせながらキョロキョロ辺りを見回している紗音。カノンの言った通り先程までの記憶が抜けているようだ。そこはフォローしなくちゃいけない。


「どうしたの? 今は中入りの最中よ。ほら、紗音が最初に『寿限無』をやって、私が一席やってさ。きっと初高座で緊張して記憶が飛んじゃってるのね」

「え……うーん、そうなのかなぁ?」


 私の説明を聞いて不思議そうにしている紗音。本当の事は言えないからこれで納得してもらうしかない。


「さっ、もうすぐ休憩も終わりでまた私が高座に上がるから。出囃子の準備して」

「う、うん。ユーシャ……シショウ!」

「ん?」

「頑張ってね!」

「……ありがとう。私の、師匠の高座をよく見ていてね」

「うん!」


 満面の笑みで返してくれる紗音。愛おしい元恋人で、現弟子だ。

 これからカノンが復活するまでの間に紗音と、その中のカノンに落語を教える。そして私はアチラの世界……異世界を描いた落語を書く。

 カノンが完全覚醒したら紗音は消えてしまうかもしれない。時間は限られている。

 だからそれまで沢山の落語とその楽しさを教えて、沢山の思い出を作ってあげたい。


 ……願わくば消えないでほしい。その方法を探せないだろうか。

 そんな事を考えながら私は高座に上がった。


『えー、一席のお付き合いを願いますが』

 

 弟子に最高の落語……思い出を見せるために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界を救ったユーシャで落語家の私の弟子になった金髪美少女は、転生してきた魔王で仲間でカノジョだった件 春風亭吉好 @yoshikou12

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ