第12話 魔王?の目的な件

「お師匠様、お見事な一席でございました。私の目に狂いはありません。どうかその落語の深淵を私にご教授くださいませんでしょうか?」

「は……?」


 高座から降りてきた私に言った魔王カノンの言葉にただただ困惑してしまった。三つ指を付いて私を見上げる魔王カノン。まるでそれは弟子入り志願のようで……。


「えっと……落語を教えて欲しいって事……?」

「はい、私はカノン……今は紗音ですか。この身体の中で眠りながらも外の世界を覗いていました。私がいたアチラの世界とは何もかも違った世界。その世界に惹かれつつもやはり故郷が懐かしく、帰りたい気持ちがありました。もう世界は殆ど滅んでしまったというのに……」

「あっちの世界はあれからどうなったの?」

「例え私がいなくなっても一度崩壊しかけた世界は戻らない。人口の半分以上は消え、大地も砕けたまま。全ては欲望の力を抑えきれなかった愚かな私のせいで……」

「そっか……」


 私の生まれた世界ではないけれどそれなりに長い期間を過ごし救おうとした世界だ。魔王カノンとの決着の後にこちらの世界に戻ったので行く末を見届けられなかったけど、元の元通り平和な世界になる訳じゃないか。ゼロにならなかっただけでもめっけもんだ。

 そしてカノンには気になる事が、確認しなきゃいけない事がある。カノンの目的だ。


「それでアンタはどうするつもり……? さっきはこの世界を滅ぼす力はまだないなんて言ってたけど、力が回復したらこっちでも……?」

「いえ、もうそんな気はありません。あなたに討たれた事によって私の邪な心は消え去った。今の私はあの世界のただの王のカノンです」


 カノンは邪教信仰のヘルベル神父の手によって魔王として目覚めた。ただただ世界を滅ぼすためだけに。でもあちらの世界の言い伝えではかつては偉大な王だったと聞く。それが邪教に唆され邪な心を植え付けられ魔王にされてしまい、その魔王カノンが封印されていたのが今の紗音の転生前だ。私が倒した事によって邪悪な心を祓ってかつての偉大な王として蘇ったのが今のカノンか。


「それじゃあさっきはなんであんな態度を?」

「それは……お師匠様に本気の高座をやっていただきたく」

「あ……」


 確かにカノンに煽られて私は敢えての『魔王』をかけた。渾身の気合を入れて。その為にカノンは魔王として振舞ったのか。


「それでお師匠様」

「あ、とりあえずその堅苦しい話し方はいいよ。紗音だって普通に話してるし。まずはあなたの目的を聞かせてちょうだい。なんで私の弟子になって、落語を学びたいのか」

「はい、わかりました……わかったわ」


 カノンは口調を直すと立ち上がって話し始めた。


「私はあちらの世界で王として目覚めた。だけれどもそれは魔なる者に利用されてただただ世界を滅ぼす魔王としてだった。私は世界を滅ぼすのではなく、ただ正しい世界として統治しただけだったの」

「それはわかったけど……それと落語がどう関係あるの?」

「私はアチラの世界を取り戻したい。崩壊する前の元の世界を取り戻したい。そのためにはアナタの、落語の力が必要なの!」

「は……? 私の……落語がなんで……?」


 カノンの目的はわかったが……世界を取り戻すために落語がどう関係するのか。


「初めて落語を見た時にその話芸で世界が創造されるように感じたわ。言霊……というのかしら。本当にそこに世界が現れた訳じゃないけれど、少なくとも擬似的にそこに江戸の世界が現れたように感じた」

「それは……あるのかな……」


 そう、落語は想像力の演芸で、その話芸で世界をそこに見せる。いかにその世界に引き込むかが芸の見せ所だ。


「こちらの世界の人間は魔力がある訳じゃないからあくまで見ている人の脳内への擬似的な世界の出現。それが限界だった。でもユーシャ。あなたの落語を見た時は違ったわ。ほんの少しだけど本当に世界が出現していた」

「え……?」

「さっきの高座もそうよ。あなたは集中して気付かなかったかもしれない、お客も落語に引き込まれていたと思っていただけだと思う、でもこのライブハウスの空間の範囲だけどあなたの落語の世界が出現していたわ」

「な、なんで? 私にそんな力なんか」


 そうだ、私に大魔法が使えるわけでもないんだし。本当にそんな事が起きたのだろうか。


「それこそが落語と魔法の融合」

「落語と……魔法……?」

「あなたはあちらの世界での魔法は使えなかった。でも冒険しているうちに、あちらの世界に充満する魔法に触れているうちに微力ながら体内に魔力が溜まっていたようね。もちろん魔法そのものが使える訳じゃない。でもそこに落語というトリガーが合わさる事によって狭い範囲ながら世界を出現させる力を得た」

「そんな事が……」


 魔力。あちらの世界の冒険で一度も魔法は使えなかった。まぁ修行を重ねる内に気合を入れたら剣にオーラが溜まるような感覚はあったが。あれが魔力といえば魔力なのか。


「実際世界の出現は起きていたわね。もちろん毎回できている訳じゃない。初めてあなたの落語を見た時、紗音があなたの落語を見たのと同じ時ね。あの時は今日ほどじゃないけれど世界の出現を感じた。学校寄席ではそこまで感じていなかった。そして今日は……これまで見た中で最も大きな世界の出現を感じたわ」

「そうなんだ……。なんでだろう?」

「それだけ気合が入っていたからじゃないかしら。私に、魔王に対抗するためにあなたはいつよりも集中をし、あちらの世界での冒険を経た上で作った落語をかけた。そして本当に世界を出現させた」

「なる……ほど……?」


 確かに私はカノンに対抗して、負けないよう、見せつけるように先程の高座に向かった。結果的に落語の世界をその場に出現させたという事か。未だその感覚は掴めないがまずは確認しないといけない事がある。


「それで貴方の目的は……?」

「……あちらの世界の復活よ」

「は? ど、どうやって?」

「あなたから落語を教わり、私の魔力を合わせて元の世界を復活させる。落語と魔力の真の融合をさせたいの。アチラの世界を復活させるだけの落語ができるまで鍛えてほしいのよ」

「は、はぁ……」


 あまりのスケールに溜息しか出なかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る