女装とトラウマ
2人っきりの放課後、いつもの教室。
見慣れないカバンを持った小峰さんが、ニヤニヤと僕を見てくる。
そのなんだかちょっと可愛くない小峰さんの表情に、なんとも嫌な予感が僕の背筋をざわつかせた。
そして、ニヤケ顔の小峰さんが一歩踏み込み、手に持ったカバンを掲げ、吠えた。
「かずきくん! 女装しよう!」
「なるほど、今日は解散ですね」
「待って!? ちゃんとした理由があるから!」
「お疲れ様でした」
「止まって! お願いだから!」
カバンを放り投げて、僕の腰にしがみついてくる、今の発言で可愛さ普段の2割減な小峰さん。
そんな小峰さんを引きずりながら、一応確認する。
「……どんな理由があれば、僕を女装させる結論になるんですか?」
「ふっふっふー。知りたいかな? ねぇかずきくん? 知りたい?」
うざ可愛い小峰さんは僕の腰にしがみついたまま、可愛らしい頭を僕の背中にこすりつけてくる。
「…………」
「ねぇねぇ気になる? 私がかずきくんを、女装させたい、り・ゆ・う」
「………………うざっ」
「あー!! かずきくんが『うざっ』て言った!!」
「……………………言いましたけど」
「ダメなんだー! 人にそんなこと言ったらダメなんだー!」
「…………………………かわいくない」
「うぐっ!」
「……」
「き、き、傷ついたー! かずきくんに『うざっ』て言われて傷ついたー! 『か、か、か、かわいくない』って言われて私すごく傷ついたー! これはかずきくんに私が用意した服を着てもらって、メイクしてもらって、バッチリ女装した姿見ないと、この痛みは消えないよー!!」
「……」
「……お、怒った?」
「べつに」
「怒ってる!? これまで私に何をされても怒ることのなかった、あのかずきくんが、女装を強要されて、露骨に怒ってる!!」
「べつに」
「…………ご、ごめんね」
「べつに」
僕の返答に、背後の小峰さんから小さな悲鳴が漏れ、脱力するように僕の腰から手を離し、溶けるように床にへばりついた。
「かずきくんの女装は諦めるので、許してください」
床に顔を伏せたまま放たれる小峰さんのからの謝罪。
僕はまだ可愛く見ることのできない小峰さんの姿を見下ろし、数回深呼吸を繰り返す。
そのおかげか少し冷静になり、ちょっぴり小峰さんが可愛く思えてきた。
そして、僕の中の『いたずらごころ』が立ち上がる。
僕はしゃがみ込み、小峰さんの頭を指で突きながら、可愛さ普段の6割減な小峰さんに声をかけた。
「小峰さんは、僕に許してほしいんですか?」
「う、うん」
「そうですか」
「え、えへへ」
「…………やーだ。許しません」
「ぴいいいぃぃ!」
今までに聞いたことのない種類の、なかなか可愛い小峰さんの悲鳴が、放課後の教室に響き渡る。
僕は後悔なく『いたずらごころ』とハイタッチし、このあとに待っている小峰さんのご機嫌取りは考えないことにした。
「私のこと嫌いになっちゃヤダー!」
「はいはい」
「ほんとにヤダー!」
「わかりましたわかりました」
「ヤダー!!」
小峰さんの可愛い髪の毛を普段の3倍掻き乱しても、小峰さんのぐずりが止まらない。
「ヤーダー!!」
「……」
「ヤーーダーー!!!!」
「小峰さんが可愛く静かにできたら、僕が女装を嫌がった理由を教えてあげます」
「ん゙ん゙っ」
両手を口に当て、頬を膨らませて静かになった小峰さんが上目遣いで、僕を見てくる。
うん、普段と変わらないくらいに小峰さんが可愛い。
自分が冷静になったことを確認できたので、小峰さんの髪から指を抜き、心にしまい込んだトラウマを掘り起こした。
「僕、年の離れた姉いる。僕、姉のおもちゃ。僕、着せ替え人形。僕、スカートはかされる。僕、そのまま外に連れて行かれる。ぼくぼくぼくぼくくくく」
「かずきくんが壊れた!?」
「ぼぼぼぼぼぼくくくくくぼくぶおく」
「もういいから!! 思いださなくていいから!!」
「ぼ、ぼぼ…………ふう。つまりこういうわけです。わかってもらえましたか?」
「色々怖いよ!!」
「ちなみに姉とは今も仲はいいです」
「そうなの!?」
「結婚して実家にはいませんし、姪っ子も去年生まれましたし、義兄とも仲良くしています」
「仲が良いのは、いいこと、なのかな?」
煙を蒸しそうなほど目をぐるぐる回している可愛い小峰さん。
僕が可愛い小峰さんを鑑賞していると、我に返った小峰さんが周囲をきょろきょろと見回し始めた。
「あった!」
そう言うと、小峰さんは先程自分で放り投げたカバンに向かって走り出し、拾ったカバンを掲げて戻ってきた。
「このカバンの中に、かずきくんに着てもらいたかった服を入れてたの」
「……そういえば、なんで僕に女装をさせようとしたんですか?」
僕を見上げ、何度か目を瞬かせた小峰さんが表情を変えずに回答した。
「相手に自分好みの格好をさせるのって、かっこいいよね」
「そのカバン、中身ごと捨ててしまいましょう」
「借り物だから待って!?」
「……僕に知らない女性の服を着せようとしたんですか?」
「私の友達の服だよ?」
小峰さんが首を傾げる。
「……僕、見ての通り背が高いですよ?」
「その娘バレー部で180センチくらいあるし、多分大丈夫じゃないかな」
人差し指を口に当てて、首を反対に曲げる小峰さん。
「…………なんて言って、その人から服を借りたんですか?」
「なんてって……?」
小峰さんは口から指を離し、自分の腰に手を当て、胸を張る。
「『友達のかずきくんに女性物の服を着させてあげたいから、体のラインが隠れる服を貸してほしいの』って言ったよ!」
小峰さんのその言葉で、僕の目尻に涙が滲んだ気がした。
僕は冷静に一呼吸おいて、小峰さんに背を向ける。
「くるみちゃん嫌い!! 絶交してやる!!」
「えええええぇぇぇ!?」
僕は感情の赴くまま小峰さんを振り切って走り出し、まっすぐ自宅に戻って枕を濡らした。
今日の小峰さんは全体的に可愛くない!
翌日。
朝、教室で小峰さんが出会い頭に僕の靴を舐めようとしてきたので、可愛くないことはやめさせて、小峰さんの髪をクシャクシャにしてから仲直りした。
「ごめんね」
「いいですよ」
『放課後の教室で、僕の机に乗って壁ドンの練習をする小峰さん』 醍醐兎乙 @daigo7682
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