男装と恐怖
「……かずきくん。今日、なにしよう?」
「小峰さん、露骨にやる気がありませんね」
二人っきりの放課後の教室。
だらけるように机に突っ伏している小峰さんが、むぐむぐと口をもごつかせた。
「だってさ、私が考えた『かっこいい女の子になる練習』全然成果が出ないんだもん」
「……ソンナコトナイデスヨ」
「かずきくんがそんな慣れない気を使うくらい、私成果出てないでしょー」
「…………くるみちゃん、そんなことないですよ」
「くるみちゃんって言うな!」
『グルルルッ』っと可愛さあふれる威嚇を僕に向けてくる小峰さん。
自分は僕のこと名前で呼ぶようになったのに、僕が小峰さんを名前で呼ぶのはダメだとか、小峰さんはわがまま可愛い。
僕は机に伏せて威嚇してくる、わがまま小峰さんの機嫌を取るため、彼女の髪がわしゃわしゃになるくらい頭を撫で回してあげた。
僕になされるがまま、頭をぐわんぐわんと振り回される小峰さんは、口では「や、やめてよー」と抵抗しているが、うっすらニヤついて嬉しそう。
たしかに、こんなことで機嫌が直るちょろ可愛い小峰さんは、彼女が目指すかっこいい女の子から程遠いかもしれない。
「だからさ、今日はかずきくんが練習内容を考えてよ」
数分間、僕にもみくちゃにされてすっかり機嫌の直った小峰さん。
口元をニヤつかせたまま、乱れた髪を手櫛で整えている。
そんな可愛い小峰さんからのお願いとあらば、僕としては受ける他ない。
「ふむ、これまでの練習傾向から考えると……」
「かずきくんはどんな女の子をかっこいいと思ってるのかなー」
「…………ふむむ」
「知りたいなー、たのしみだなー、どんなのかなー」
「………………ふむむむ」
「あっ! 『かわいい』じゃなくて、『かっこいい』だからね! 間違えたらダメだよ!」
「ふむむむむむ……」
「……かずきくん。正直そこまで真剣に悩まなくてもいいよ?」
「そうですか? それでは……男装をしましょう」
「男装!?」
「小峰さん次の3つから選んでください。今僕が着ている制服を着るか、明日僕が持ってきた僕の私服を着るか、それとも週末男物の服を僕と買いに行くか」
「え? え?」
「今ここで僕は制服を脱ぎます」
「ここで脱ぐの!?」
「もし僕が制服を全部脱ぎ終わっても小峰さんから答えがなければ……」
「な、なかったら?」
「さっきの3つをすべて実行します」
「ええっ!!…………ん? 一瞬なにか脅されてる気分になったけど、特に……問題ない、よね?」
頭上にハテナを浮かべて、ゆらゆら首を揺らしている小峰さん。
そんな可愛い小峰さんをじっくり鑑賞しながら、僕は校章の入った紺色のブレザーを脱ぎ、灰色でチェック柄のスラックスに手をかけ、ベルトを緩めた。
あわよくば、週末小峰さんとデートできるかも、と邪な考えを持っていた僕は止まらない。
もしかして僕は今、取り返しのつかないことをしているのではないだろうか。
「かずきくんの制服、すごくおっきいねー」
「制服を脱いだ僕が言うのもおかしいですが、小峰さんはなぜ僕の制服を普通に着てるんですか!?」
僕が脱いだ制服一式を持って更衣室に向かい、僕の制服を着て戻ってきた小峰さん。
ブレザーの袖と、スラックスの裾とウエスト部分を何重にも折り込んで、どうにか小峰さんの可愛い手足は顔を出していた。
「肩幅が全然足りなくて、すごいなで肩な人になっちゃってるねー」
「僕がおかしいのでしょうか……普通、異性の脱ぎたて制服を着るのは抵抗があるものでは?」
「ウエストもガバガバでベルトを締めても、ずり落ちないか心配になるねー」
「同性でも仲良くなければ、抵抗があると思うんですが」
「……かずきくん、さっきからブツブツ一人でなにを言ってるの?」
「もしかして小峰さんは」
「なーにー?」
「実はこれまで完璧な女装をしていた可愛い男の子だったりしますか?」
「…………あ゙あ゙ぁ゙?」
違ったみたい。
小峰さんに般若を降臨させてしまった。
色々と間違えてしまった僕は、大人しく半裸のまま正座をし、無言で額を床に擦り付けた。
「私、かずきくんが脱いだ靴下もそのまま履けるよ?」
「それは、流石に気持ち悪いです小峰さん」
「なんで!?」
椅子に座り上履きを脱いで、土下座する僕の頭をふみふみしている小峰さん。
その小峰さんが気持ち悪いことを言い出したので、僕は思わず反応してしまった。
「流石の僕でも少し引きます」
「友達のだったら平気じゃない!?」
「小峰さん怖い」
「私がそんなにおかしいの!?」
「小峰さんの可愛さと差し引いても、ぎりぎり五分なくらい怖いです」
「なにがあっても私を可愛いと言い続けたかずきくんがそこまで言うほどのことなの!?」
小峰さんにドン引きしながら土下座を続ける僕と、僕との価値観の違いに悲鳴を上げながらも僕の頭を踏み続ける小峰さん。
今日の小峰さんを可愛いと思えないのは、僕の男としての器がまだまだ狭いからに違いない。
さらなる精進を積み重ねなければ。
「……小峰さん。僕、頑張りますね」
「な、なにを?」
「どんな小峰さんでも受け入れて、迷わず、心の底から、可愛いと言えるような男に必ずなります!」
「…………うぐぅ」
今日の小峰さんからは未知の恐怖を感じてしまった。
でも、僕を踏みつける小さな足は可愛いし、いつものうめき声も可愛いし、男の子に疑われた怒りは収まってないけど価値観の違いに落ち込んで感情を迷子にさせている小峰さん可愛い。
結論、今日の小峰さんは怖かったけど、トータルで見たらちょっとだけ、ほんのちょっとだけ可愛いの方が上回ったと思う。
だから、小峰さんは、今日も、可愛いかったかな、たぶん。
「かずきくんだから、平気なだけなのに……」
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