『いたずらごころ』

「大橋くんがたまに言ってる『いたずらごころ』って、なんなの?」


 放課後の教室。

 小峰さんを肩車している僕は、無人の教室内を周回していた。

 僕の肩に乗る体操服姿の小峰さんは、僕の髪を掴み、足をぶらつかせている。

 そんな小峰さんからの質問。

 

「小峰さん。それ、今聞くんですか?」

「大橋くんの肩車、思ったより高くて怖いから気を紛らわせたいの」

「降りたらどうです?」

「やーだ」


 小峰さんは非力な太ももで僕の頭を挟み、リズミカルに僕の頭をペシペシと叩き出した。

 一見口調はふざけている小峰さん。

 でも、僕にはわかる。

 小峰さんは今、めちゃくちゃ激怒しているということを。

 僕がなぜ、こんな状況になっているのか、それは数分前のこと。


「小峰さんっておしり大きいから重心安定してますよね」

「あ゙あ゙ぁ゙っっ!!!!」

 

 鬼の形相とはあんな表情のことを言うんだと思う。

 鬼になった小峰さんは無言で更衣室に向かい、体操服に着替え、教室で正座待機していた僕に肩車を強要し、今に至る。


「……この肩車、いつまで続けるんですか?」

「いつまでだろうね。おしりが大きい私にはわからないや」

「ごめんなさい」

「大橋くんはなにを謝ってるの? おしりの大きい私じゃわからないよ」

「…………」

「そんなことより『いたずらごころ』について、おしりの大きい私にもわかるように教えてよ」


 小峰さんはそう言うと、ぷらぷらと揺らしていた両足を僕の首あたりで組んで体を固定し、僕の耳を引っ張り始めた。

 僕は小峰さんからの報復をすべて甘んじて受け入れ、『いたずらごころ』についての言語化を始めた。


「『いたずらごころ』……それは僕にとって、友人であり、兄弟であり、先導者であり、共犯者でもある。僕の半身ですね」

「意味わかんない」

「えっ! わかってもらえないですか!?」

「うーん……あ! わかった!」

「よかったです」

「つまり、大橋くんはおしりの大きい女の子が相手だと、 まともに教える気がないんだね!!」

「『いたずらごころ』は可愛い子にイジワルしたくなる僕の悪癖のことです!!」


 今日の小峰さん、いつも以上に面倒なことを言い出してちょっと可愛くない。

 今は僕の耳たぶをぷにぷにと可愛く揉んでるから、差し引きギリギリ可愛いが勝ってるけど、どうしたものか。

 

「大橋くんって、可愛い子だったら誰彼構わずイジワルする変態さんなんだね」

「それは違います」

「変態さんじゃないの?」

「相手は選びます」

「……で、大橋くんは変態さんなの?」

「それは……相手の、受け取り方……次第、かと」

「私は大橋くんのこと、変態さんだと思ってるよ?」

「わかりました。僕は変態さんです」

「そうだよねー」

 

 僕の変態自認発言を聞いて、機嫌よく足を振り始めた小峰さん。

 しかし、何度も小峰さんを怒らせてきた僕にはわかる。

 これは機嫌がよくなったふりだ。

 ここで僕が調子に乗ってふざけると、小峰さんのご機嫌が数日に渡って可愛くなくなる。

 それは嫌なので、僕は一計を案じた。


「小峰さん!」

「なーに? 大橋くん?」

「先程の変態さんな僕の無神経な発言をお許しください!」

「ふーん、べつに、きにして、ないし」

「しかし! もし、変態さんな僕にお許しをいただけないのでしたら!」

「でしたら?」

「小峰さんに変態さんな僕の反省をご理解いただくために!」

「ために?」


「小峰さんをこのままの状態でご自宅までお運びします!!」

「それはやめてよ!!」


「ご安心ください!! 変態さんな僕は絶対に小峰さんを地面に降ろすことは致しません!!」

「もういいから!! 早く降ろして!!」


 僕の頭上でジタバタ暴れ出した小峰さん。

 万が一にも小峰さんが落ちてしまわないように、小峰さんの両足をしっかりと掴んであげた。

 この手は絶対に離しません。

 

「小峰さん。変態さんな僕はとても反省しているのです!!」

「やだ!! 足離して!!」

「たとえ道中、どれだけの人に指を刺されて笑いものになったとしても、変態さんな僕は必ず最後までやり遂げてみせます!!」

「やだやだ!! 本当に教室を出ようとしないで!!」

「小峰さん」

「やだやだやだ!!」

「僕は変態さんなので……あきらめてください!!!!」

「やだやだやだやだ!!!!」


 僕は騒ぎ立てる小峰さんを肩車したまま教室を出て、黙って震える小峰さんと一緒に無人の廊下を一往復した。




 学校からの帰り道。

 僕はうなだれる小峰さんと仲良く並んで歩いていた。


「今日も絶対大橋くんが悪いのに……」

「それには僕も同意します」

「あ゙あ゙ぁ゙?」

「小峰さん」

「……なによ」

「つまりこれが」

「…………これが?」


「僕の『いたずらごころ』です」

「そんなものは捨ててしまえ!!」



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