その後の2人

 放課後の教室。

 僕と小峰さんはいつものごとく、2人だけで『かっこいい女の子になる練習』をしていた。


「そういえば、これまで聞いてませんでしたが、小峰さんはなぜかっこいい女の子になりたいんですか?」

「ほんとーに、いまさらな質問だね。前は興味ないって言ってなかったっけ」

「毎日小峰さんのかっこいい女の子になるための練習を手伝っていますけど、小峰さんの目指すかっこいい女の子像がいまいちわからないので、悩むくらいなら本人に直接聞いてみようと思いまして」


 ちなみに、今日の練習内容は『相手のためにかっこよくおかわりを注文する』だ。

 僕には、小峰さんが目指すところがわからない。


「んーそうだなー」


 今日も小柄可愛い小峰さんが、悩むように右手の人差し指で自分の頬をつついている。


「憧れてる人、というか見本にしている人がいるの」

「え!? じゃあこれまでの練習の『鼻がつくくらい顔を近づけて顎クイ』したり『階段から落ちてきた相手を柔らかくお姫様抱っこ』したり『呼ばれたらすぐに駆けつけるために2階の窓から飛び降り』たりする女の子が、実在するんですか!?」

「えへへ。かっこいいよね!」


 なぜか照れてる可愛い小峰さん。

 小峰さんがどんなに可愛く言ったとしても、そんな化け物が存在するとは信じきれず、僕は話題を変えることにした。


「ところで小峰さん」

「なーに。大橋くん」

「これまでの練習……小峰さん1つもできたことないですよね」

「……しらないっ」


 ぷいっと顔を背けて可愛くない嘘をつく小峰さん。

 毎回小峰さんはテンション高く練習を開始しようとするけど、顔を近つける僕に照れて可愛くない悲鳴を上げたり、僕との体格差で怖気付いて可愛くない悲鳴を上げたり、2階窓の高さに恐怖して可愛くない悲鳴を上げたり、と可愛くないのに可愛い姿を僕にさらしていた。


「それで、いつも僕が代わりに見本を見せてますけど、これで小峰さんの練習になってるんですか?」

「……しーらない」

「不貞腐れてます?」

「ふふん。しらなーい」


 このやり取りが楽しくなってきたのか、小峰さんは口元をゆるませて、わざとらしく僕から体を背けた。


「そうですか。そういう態度ならを取るのでしたら、僕にも考えがあります」

「ふふふーん。しーらない。しらなーい」


「今から小峰さんが1番大きな悲鳴を上げた“アレ”をやります」

「駄目に決まってるでしょ!!!!」


「いえ、決めました。やります」

「だめだめだめ!!」

「覚悟してください。僕は本気です」

「お、怒るよ!!」


 小動物のようなファイティングポーズで威嚇してくる小峰さん。

 しかし、まだ小峰さんから可愛らしさが漏れ出ているので、本気で怒っているわけではないみたいだ。

 僕の『いたずらごころ』が安全を確認したせいか、性懲りもなく僕に2人3脚を要求してきた。


「それで僕が止まると思っているのでしたら、見通しが甘いと言わざるを得ません」

「ほ、本当に怒っちゃうからね!!」

「では、早速始めます」

「お願いだから私のお話聞いてよ!?」


 小峰さん。

 僕と『いたずらごころ』のベストマッチな2人3脚を止められると思わないでください。

 こうして恐怖に怯える小峰さんを堪能しながら、僕は“アレ”の準備を始めた。


「大橋くん落ち着いて!!」

「……」

「返事してよ!!」

「…………あー」

「ああ!? 大橋くんが知性を捨てきった表情をし始めたぁ!!」

「………………だぁー」

「幼児化しないで!! 止まって大橋くん!!」

「……………………ねぇね。ちゅき」

「ぐぎぎぎぎぃぃぃ。もうダメだぁぁ!!!!」


 なぜだか知らないけど、小峰さんはこの『自分に懐く赤子をスマートにあやす』練習が苦手みたいだ。

 僕の赤子っぷりは、去年生まれた姪を参考にしてるから、完璧なはずだと思うんだけど、不思議な話だ。


「ねぇね、ねぇね、ちゅき、ちゅき」

「んがっががががぁぁぁ!! むぐぐぐぐぐぅぅぅ!!!!」


 こんな可愛くないうめき声を上げても、やっぱり小峰さんは今日も可愛い。

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