後編

 日も落ち、暗くなり始めた教室には、僅かな後悔とともに床で正座をしている僕と、それを僕の机に座って見下ろす小峰さんの2人だけ。


「怖かったなー」

「やっぱり『壁ドン』って怖い……」

「『大橋くん』が怖かったなー」

「ごめんなさい」


 額を床につけ、小峰さんの許しを待つ。


「これは……許されざる行いだと思うなー」

「……おっしゃるとおりです」

「大橋くんは……乙女の敵だと思うなー」

「…………否定のしようがなく」

「変態、変質者、むっつりスケベ、女の子いじめて喜ぶいじめっ子」

「………………そこまでではないのでは?」

「あ゙あ゙っ」

「僕は変態で、変質者で、むっつりスケベで、女の子をいじめて喜ぶ、いじめっ子です!」

「そうだよねー」


 駄目だ小峰さんの怒りが収まらない。

 今の僕には床しか見えていないけど、きっと今の小峰さんは見たことのない表情をしているんだろう。

 恐ろしくて、顔を上げられない。


「……大橋くん。許してほしい?」

「ゆ、許してほしいです!」

「そのためなら……なんでもする?」

「それは……」

「あ゙あ゙ぁ゙っ」

「なんでもします!!」


 どすの利いた小峰さんの威嚇が怖い!

 可愛い小峰さん、どうか帰ってきてください! 

 僕の願いが届いたのか、小峰さんの声色が変わる。


「よし……それじゃあ大橋くんには、これから私がかっこいい女の子になるための練習に付き合ってもらうからね」

「……可愛いじゃなくて?」

「゙あ゙ぁ゙?」

「わかりました!」


 僕の返事に満足してくれたのか、小峰さんから許しをもらえ、ようやく僕は顔を上げることができた。

 そして、僕たちは机を綺麗にして元に戻し、軽く教室を掃除して、お互いにホコリまみれのまま帰宅した。




 帰り道、僕が1番気になっていたことを小峰さんに聞いてみる。


「結局、小峰さんが壁ドンしたい相手って誰なんですか?」

「……それをいまさら聞くの」

「最初は詳しく聞きたくなくて帰ろうとしましたが、やっぱり可愛い小峰さんの想い人が気になってしまって」

「むぐぅ…………変態で、変質者で、むっつりスケベで、女の子をいじめて喜ぶいじめっ子の大橋くんには教えない」


 小峰さんの可愛らしい露骨なごまかしに、僕の『いたずらごころ』が勢いよく帰ってきた。


「実はさっき、小峰さんに壁ドンをして気がついたのですが……」

「自分でその話題を蒸し返すの!?」

「身長差がありすぎると壁ドンは不格好になりますね」

「……それで?」

「流石に身長差50センチは無茶でしたね」

「…………ふーん」

「20センチ差くらいが丁度いいのではないですか」

「………………」

「そう、机の上に立った小峰さんと僕くらいの身長差が1番壁ドンに適していると思いますよ!」

「あ゙ぁ゙!?」

「ごめんなさい!!」


 なにが駄目だったんだ?

 可愛くない威嚇をする小峰さんの表情が怖すぎて、せっかく帰ってきた『いたずらごころ』が家出した。

 ……もう帰ってこなくていいよ。


「これから今日のことを話題に出すの禁止ね」

「……わかりました」


 身長が190センチの僕でも少し見上げる位置での『壁ドン』を練習していた小峰さん。

 誰か知らないけれど小峰さんに壁ドンしてもらえるとか……妬ましい。

 

 こっそりと隣を歩く小峰さんのつむじを横目で見る。

 ぴょこぴょこと歩く姿が愛らしい。

 すさんだ心がほんわかと癒され、気分を切り替える。


「それでは、小峰さんこれからよろしくお願いします」

「うん。大橋くんよろしくね」


 さっきまで怖かった小峰さんが眩しいくらいの笑顔を向けてくれた。 

 その姿を見て、いつの間にか帰ってきていた『いたずらごころ』に気づき、追い出そうと必死に抵抗する。

 そして、己との戦いを終え、改めて思った。

 やっぱり小峰さんは……いたずらしたときの反応が1番可愛い!


 自分の『いたずらごころ』とがっちり肩を組んだ僕は、これからの小峰さんとの練習が楽しみでしかたない。

 すると、浮かれる僕に小峰さんが忠告してきた。


「ああそうだ、大橋くん」

「なんですか?」

「次、変なことしたら……絶対に許さないから覚悟してね」


 訂正、僕にしがみついてくる『いたずらごころ』の永久追放が決定。

 ジト目で可愛らしく睨んでくる小峰さんに、胸を張って答える。


「可愛い小峰さんに、ずっと可愛くいてほしいので……僕は、真面目になります!!」

「…………んぎぎぎぃ!!」


 最初は可愛くないと思った小峰さんのうめき声も、聞き慣れると可愛く聞こえてきた。

 小峰さんの新たな魅力を知れて、僕は満足だ。


「やっぱり小峰さんは可愛いですね」

「んぐぐぐぐぅ…………ぐがががぁ!!!!」



 

 


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