『放課後の教室で、僕の机に乗って壁ドンの練習をする小峰さん』

醍醐兎乙

前編

 『壁ドン』という恋愛の駆け引きがあるそうだ。

 それについて僕は詳しくないけれど、想い人を自身の身体と壁で挟んで、想い人が逃げられないように壁に手を突いて追い詰めるという。

 正直、その『壁ドン』とやらは個人的にはしたくないし、されることなんてない。

 だって、なんか怖いし。

 だけど人生なにが起こるかわからないもので、僕の16年という体だけ成長した浅い人生経験では計り知れないことが起こってしまった。


 


 「……小峰さん。まずは落ち着いて。危ないのでゆっくり机から降りましょう」

 「なんでこの状況で大橋くんはそんなに冷静なのかな!?」


 静かな放課後の校舎。

 忘れ物を取りに教室の扉を開いた僕と、教室内で僕の視線より少し高い位置で1人練習をしている女の子――同じクラスの小柄で可愛らしい小峰さん。


「…………ほら、僕たちは思春期ですし。一般的に奇行と言われるような行動を取ってしまっても……ね。『年頃なのかな〜』と気遣うのがマナーかと思いまして」

「奇行じゃないよ!? 真剣なんだよ!?」


 教室の壁際に寄せられた机の上で、小峰さんは僕に抗議するようにぴょんぴょんと可愛らしく飛び跳ねる。

 小峰さんが飛ぶたびに、ふわりと浮かぶ制服のスカートが無防備すぎてハラハラしてしまう。


「………………小峰さん。選んでください。僕に抱きかかえられて机を降りるか。それとも自分で机を降りるのか」


 僕からの2択を受けて、無言でそそくさと机から降り始める小峰さん。

 そういう素直なところが小峰さんの魅力の1つだと思う。




「それでは失礼して」


 小峰さんが床に降り立ったのを確認してから、小峰さんに踏んづけられていた机に近づく。

 壁際に寄せられ、小峰さんの小さな足跡が残る僕の机に、目的の忘れ物は入っていた。

 

「……よし。用事が終わったので帰ります。机は元の位置に戻しておいてくださいね」

「このまま帰るの!?」

「…………帰りたいです」

「なにも聞かずに!?」

「………………帰らせてください」

「あんな練習を大橋くんに見られた私が帰すと思うの!?」

「駄目、ですか?」

「ダメだよ!?」

「……かえりたい」

「少しは私に興味を持ってよ!!」


 そう言って、再びバタバタ飛び跳ね始めた小峰さん。

 小峰さんの動きに合わせて舞い上がる僅かなホコリが、夕日に照らされ、小峰さんをきらめかせていた。

 そんな天然スポットライトの中で、小峰さんは頬をパンパンに膨らませている。

 そうやって不安げな表情を隠そうとする小峰さんに、僕の『いたずらごころ』が顔を出した。


「絶対誰にも言わないでよ!」

「……小峰さん」

「大橋くん言わないよね?」

「なんで……」

「ねぇ大橋くん聞いてる?」


「なんで、僕の机に乗って壁ドンの練習してたんですか?」

「私のお話聞いてよぉ!!」


「あと、相手の身長は何センチ想定なんですか?」

「ああああああああ!!!!」


 床に転がり、ホコリにまみれる小峰さん。

 壊れた小峰さんも可愛らしい。




「『壁ドンできる女の子はかっこいい』って、教えてもらったんだもん」


 疲れてようやく落ち着いたのか、ホコリまみれの小峰さんが話し始めた。


「だとしても、なぜ教室でしてたんですか?」

「……お家でぬいぐるみ相手に練習いっぱいしたから、本番を想定して教室で練習してただけだもん」


 ふてくされたように可愛らしく言い放つ小峰さん。

 

「そもそも小峰さんはかっこよくなりたいんですか?」

「……そうだよー」

「可愛いじゃなくて?」

「んぐっ…………かっこいいの方がいい」

「可愛いなら話は早いのに」

「んぎぃ」


 何故か可愛くないうめき声を上げる小峰さん。


「……なぜ小峰さんがかっこよくなりたいのかは、詳しく聞きません」

「えっ。別に隠してないし言うよ?」

「そんなことよりも」

「そんなこと!?」


 僕は改めて小峰さんに向き合い、はしゃぎだした『いたずらごころ』に背中を押され、足を1歩進める。


「『壁ドンがかっこいい』……ですか」

「正確には『壁ドンする女の子』ね」

「小峰さん。話の腰を折らないでください」

「ご、ごめんなさい」


 更に1歩、小峰さんに近づいた。


「はたして実際はどうでしょうか?」

「……」

「どうでしょうか?」

「…………ううっ」


 どんどん近づいてくる僕に怯えたのか、顔を赤くした小峰さんは2、3歩後退し、壁に背をつける。

 こうして小峰さんは僕と壁に追い詰められ、逃げ場をなくした。


「小峰さん」

「……」

「ふむ……小峰さん、話をしていいですよ」

「大橋くん怖いよ!?」

「そうです。『壁ドン』とは怖いものなのです」

「違うよ! 怖いのは大橋くんだよ!!」

「まだ、わかってもらえませんか」

「大橋くん!?」


 互いの制服が触れ合うほど接近した僕は、小峰さんに『壁ドン』の恐ろしさを知ってもらうため、小峰さんの顔の横に手を突いた。

 

 2人だけの教室に乾いた音が響く。

 そして、僕と壁に包まれ、涙目で震えながら顔を真っ赤に染めた小峰さんを見て、僕の『いたずらごころ』は逃げ出した。

 

「あーそのー……」

「大橋くん」

「……はい」

「離れて」

「はい」


 

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