第7話 難しくてもやるんだよ
案内されたのは部室でも校舎でもなかった。
「本日は、こちらの白亜館の使用許可を取っておりますので」
建物の外観からして、ちょっとしたコンサートホールだった。ガラスの開き戸をくぐると、その印象はさらに強くなる。目の前に現れたのはホワイエで、ここで靴を履き替えるよう促される。さらに奥には重々しい扉が。先に通されると、眼下には数百〜千はありそうなロッキングシートと、大きなステージが見渡せた。遠くからでも熱を感じる暖色の照明に、解答者席と思しき机が照らされている。机上の早押し機はステージ下の本体に繋がれ、準備万端だ。
「まるでクイズ番組か大会だな」
「あんな立派なところに立って解答するなんて、緊張するねぇ」
圧倒されたように息をつく染倉に続いて、畠がのんびりと言った。
「普段は入学式や卒業式などの行事や文化祭の発表等に使われているのですが、雰囲気が出てよろしいかと思いまして」
直江部長がどこか誇らしげに微笑んだ。
「白熱した、いい試合にしましょう」
「はい。よろしくお願いします」
部長同士が頷き合う。染倉の緊張はほどよく解け、闘志に変わっているようだった。
交流戦は三ブロックに分けてまず一回戦を行い、勝ち抜けた各ブロック上位二チームが二回戦へ。二回戦は一回戦の通過チームを全て合わせて一回で戦わせ、決勝戦に進む二チームを決めるという内容だった。
才明学園は一年生二人の才明①、染倉と畠の才明②、伊奈瀬と神坂の才明③のチーム分けで各ブロックに一チームずつ配置されるようだ。対する白亜女子は学年ごとに二〜三人のチームを作り、各ブロックに偏りがないように振り分けている。
「なお、本交流戦で出題される問題は公平を期すため、白亜女子高等学校競技クイズ部顧問、
直江部長のアナウンスに続き、壇の下で部員たちの動きを見守っていたワイシャツ姿の男性教師が礼をした。三十代前半〜半ばほどの年齢に見え、落ち着きはあるが堅物そうな印象を受けた。外見の印象だけで言えば、自分の学校の生徒を贔屓したりはしなさそうに見える。
「へーえ。ちゃんとしてんだな。問題集作りとかも活動として面白そうだし経験値的にも良さそうだけど、確かに対戦で使う問題に手ぇ出したらフェアネスに欠けるか」
会場のロッキングシートに背をもたれ、まるで映画でも流し見ているような感覚で伊奈瀬は言った。ポップコーンがあれば完璧なのになと考えてしまうほど、腰を支える椅子は座り心地がいい。
「フェアかどうかは正直疑問だけどな。部員の得意分野を把握していれば、それとなく守備範囲の問題を狙ったタイミングで出すことはできる。まあ、あまりにもあからさまだと逆に部員からの反発を買うのかもしれないが」
隣の席の神坂が、小声でらしいことを言うので伊奈瀬は笑った。本当に何かしらの細工を気にしているのか、疑わしげな視線を松原という白亜女子のクイズ部顧問に向けている。
「才明学園のチームリーダーの方、こちらを一本ずつ引いて頂けますか? ブロック分けをします」
すると、一人の白亜生が通路からやってきて、伊奈瀬たちに箱を差し出した。上部に穴が空いた箱の中には三本の割り箸が入っており、くじ引きであることがわかる。神坂が伊奈瀬のほうに手を差し出して譲るジェスチャーをするので、チームの代表者として一本引く。割り箸の下部にはAの字が書いてあった。染倉たちはB、一年生グループはCだ。どう考えても最初の文字を引き当ててしまい、もう少し物見気分でいたかったのにと顔をしかめる。
「ではAブロックの方、すぐに最初の試合が始まりますので、舞台袖のほうに移動をお願いいたします」
白亜生に促され、伊奈瀬は仕方なく腰を上げた。学校の備品とは思えない座り心地の椅子が、既に恋しい。
「頑張ってね、二人とも」
「負けたら承知しないからな」
「助っ人に求めるラインじゃないでしょ、それ。上位二よ? 二」
伊奈瀬は片手で「二」の数字を作って強調しながら、苦い顔を二人に向けた。
一回戦は5
「難しくても、やるんだよ」
染倉が言った。いつになく強い口調だった。眼鏡のレンズ越しに、真剣な眼差しが伊奈瀬を逃さないよう捉えている。
伊奈瀬がわずかに言い澱むと、肩に何かが触れた。神坂の手だった。見上げると目が合い、頷かれる。
「……しゃあない、やるか」
諦めをつけて息を吐き出し、伊奈瀬は畠と一年生たちに手を振って観客席を離れた。
やらないことには、助っ人を全うする意味がないのだ。
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