第2話 休日のお誘い

「クイズ研究部!」


 伊奈瀬は手を叩いて納得した。


「なんか珍しい組み合わせだな〜ってずっと思ってたんだよ。今年だっけ、できたの」

「そうそう。先月の終わりごろかな。部活動紹介の発表には間に合わなかったんだけど」

 畠が頷き、染倉が「興味のある生徒が一年生に数人いて、どうにか」と補足する。

「最低限の人数で細々とな」

「でも部としては成立してるわけでしょ? 何の助っ人よ? 大会?」

「練習試合だ。他校との交流戦」

「で、直前になって部員が足りなくなったって?」


 伊奈瀬は時間割が書いてあるほうの黒板に視線を走らせた。


「まだ水曜じゃん。病欠だったらまだ全然間に合う。よほど復調までに時間のかかる病気じゃない限り。どうせ週末でしょ?」

「今週の土曜だ」

「ほらね。金曜になってもその子の体調が戻らないって言うなら相談乗るから。今日はこれで解散」


 伊奈瀬が早々に椅子から腰を浮かせると、それを察知した染倉が身体をスライドさせて伊奈瀬の退路を絶った。


「待て。まだ話は終わっていない」

「うぜ〜。勉強漬けの文化部のやる動きじゃないでしょそれ。オレより不良じゃん」


 どかりと椅子に腰を下ろしながら、伊奈瀬はうんざりして言う。染倉が塞いだ進路の反対側はどうかと一瞬意識をそちらに向けかけるが、伊奈瀬の隣の席の女子は在席中で、黙々と弁当を口に運んでいた。ただでさえ近くで男が押し問答して鬱陶しいだろうに、無理に押し通ろうとするのは気が引ける。


 そうこうしているうちに、染倉が淡々と話を元に戻した。


「才明のクイズ研究部は全員参加だ。欠席者はいない」

「はあ? じゃあ助っ人いらないだろ」

「要るんだ、それが」


 染倉の態度は強硬だった。意味がわからない、と伊奈瀬は思わず舌打ちをする。隣の教室が気になって仕方がない。授業が終わった当初こそ隣の授業は延びていないだろうかなどと向こうに対して気を回していたが、今となっては断然気を回される側に違いない。一体何を差し出せばこの遅れをチャラにしてもらえるだろう。


 部活の最大人数を揃えて足りないのなら、はじめからそんな学校と交流試合なんか組まなければいい。そう口から出かけた時、畠が気遣わしげに一枚のプリントを差し出してきた。


「向こうの学校のクイズ部、結構前からあってここら辺じゃ有名なんだよ。名門というか。だから人数が多くて」


 見ると、それは名簿だった。相手校のものだろう。ざっと見ただけで二十人近くいそうだ。


「人数は向こうが合わせるって言ってくれてるんだけど、そうは言ってもこれじゃ差がありすぎると思うんだ。こっちと同じ数だけ試合に出してくれるとしても、待ちの人が増えちゃうというか。だから少しでも多く、こっちも数を揃えてお互いに気持ちよく交流戦ができればなって思って」

「……で、今のところ何人助っ人に入ってくれてるわけ?」

「0だ」


 染倉が言った。


「は?」

「ゼロだ。最初に伊奈瀬に声をかけたから」

「……目標人数は?」

「多ければ多いほど、というのが理想だ。でもそう簡単な話でもないから、ひとまずは君が入ってくれればそれでいい」

「……目標一人ってことで合ってる?」


 今の話でその結論はあり得ない、と思いつつ、訊く。


「一人なら誰でもいいってわけじゃない。俺たちは伊奈瀬に頼んでいる」


 人に物頼む態度じゃないんだよな、と伊奈瀬は苦々しい顔を隠しもせずに頭を掻く。が、口に出すと余計な口論に発展しそうなので、黙って気持ちを落ち着けた。今はとにかく、時間が惜しい。


「……ちなみにさ、オレが断固として断った時の話だけど──」

「君が引き受ければ何の問題もない」

「聞けよ。最後まで」


 伊奈瀬が断固として拒否し続けた場合、果たして染倉たちは他の生徒に助っ人を頼もうとするのか。それが目下の疑問だった。人は多ければ多いほどいいと言っておきながら、伊奈瀬一人に時間を使う。鬱陶しいまでに自分にだけ勧誘を続ける。人なら伊奈瀬の隣の席にもいるのに。それも、勉強を得意とする進学科の生徒が。


「……てかさ、練習試合ごときの助っ人に学年一位のカード切って恥ずかしくないわけ? 結局それ目当てでしょ。練習試合で勝ちたい、実力を誇示したい」


 伊奈瀬は畠から渡されたプリントを指先で弾き、続けた。


「相手校、これ女子校だし」


 二十人近くいる相手校の部員の名前は明らかに女性名ばかりだし、一番上にはわかりやすく「白亜はくあ女子高等学校競技クイズ部」と記載されている。伊奈瀬たちの通う才明学園と並ぶ有名私立だが、才明学園と大きく違う点を挙げるとするなら、そこに男子は入れないという点だ。いわゆるお嬢様学校。


「そういうことならせめて女子の一人ぐらい誘うべきだろ。こっちが発足したばっかの弱小クラブなら、その交流戦ってのも向こうでやるんだろ。男ばっかじゃ向こうが接しにくいとか思わないわけ?」

「うちの部にも一人、一年生に女子がいる。それでも足りないというなら、そういうのは伊奈瀬のほうが得意なんじゃないかと俺は思うけど」

「だからあ……」

 伊奈瀬はクイズ部員じゃない。協力もしない。する義理もない。

「それから伊奈瀬。一つ、これだけは言っておく」


 すると染倉が、より強い口調で言った。


「クイズは君が思っているような遊びじゃない、れっきとしたスポーツだ。勝ちたい。それは確かにそうだ。でも、だからこそ君に頼んでいる。モテたいとかは関係ない。俺は君の知性に用がある」

「…………あー、もういい。わかったわかった」


 伊奈瀬は椅子の上で脱力し、天を仰いだ。教室の時計が目に入る。いい加減潮時だ。


「受けるよ、その勧誘。受けてあげます」

「え、本当⁉︎」

「ただし条件がある」


 喜びに肩を跳ねさせた畠を遮り、伊奈瀬は噛んで含めるように言った。


「E組の神坂優人と一緒ならオレも行く。人数欲してるんなら増えるぶんにはいいだろ? 神坂が断ったらオレも断るから。断固として」

「E組? 普通科か」

「普通科だからって舐めてると痛い目見るからな。丁重に頭下げなきゃ怪我するかも」


 伊奈瀬は皮肉っぽく笑い、一度だけ手を打ち鳴らした。


「制限時間はこの昼休み一杯ね。でもお互い昼飯食う時間は充分に確保すること。はい始め。今なら絶対、教室いるから」


 何しろ、E組の神坂優人は今、ほかでもない伊奈瀬が来るのを待っているのだから。

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