神坂優人の非日常的休日
第1話 学年一位の非日常
ギャングみたいな動きだなと思った。数か月かけて不良の知り合いたちの輪から徐々にフェードアウトし、代わりに本物の裏稼業の人間を交友関係の最上位に置いたせいかもしれない。
問題の男たちは伊奈瀬と同じクラスに所属する
「伊奈瀬君、あの、実はお願いがあるんだけど」
伊奈瀬から向かって右のほう、背の小さい畠が言った。伊奈瀬は冗談めかして白旗のポーズを取る。
「はい、なんでしょう。期末のヤマでも教えてほしい?」
「そんな、そういうんじゃないよ!」
畠が慌てたように手を振った。今まであまり接点のなかった伊奈瀬を前にして緊張しているのか、それとも多少センシティブな話題を出されて反応に困っているのか。畠は目が回りそうなほど高速で目を泳がせていた。
忘れもしない一年生の十一月──隣のクラスの田町が死に、神坂優人と出会ってから、伊奈瀬は己の爪を隠すことをやめた。授業中に指名されれば「わかりません」でも誤答でもなくはっきりと正答を答え、班での話し合いになれば自分の意見を出すどころか周りの意見までまとめるようになった。そのほうが進みが早いし性分なのだ。
そして来たる十二月の期末テストで、伊奈瀬は実力を余すことなく衆目の目に晒した。学年一位。成績上位者の合計点数と名前だけは学年の廊下に貼り出されることになっているので、その事実は瞬く間に学年全体の──
それまで伊奈瀬は誰の目にも明らかなちゃらんぽらんの不良生徒だったので、結果が出た当初は「不正をした」だとか「張ったヤマが
クラスメイトの大半は、伊奈瀬のことを既に「そういうもの」と見なしていた。まぐれでもなければ伊奈瀬の気まぐれでもない。伊奈瀬の実力の平均値が学年一位で、彼は本来、そうあるほうが普通だったのだ、と。
だが、無論そうでない者もいる。ネタが割れていないだけで伊奈瀬のやっていることは不正だ、と本人のいないところで持論を唱えている人間もいるし、実力だというのは認めている一方で、それを快く思っていないはずの人間も、どこかには必ずいる。
「俺たちは、伊奈瀬がギャンブルで勝ち続けてるとは思っていない勢力だから」
染倉が冷静に言い添えた。黒縁の眼鏡が知的に光る。
「なるほどねぇ。ギャンブルじゃなくてカンニング派か」
伊奈瀬はわけ知り顔で言った。染倉ではなく、横の畠が狼狽える。
「えっ⁉︎ いや、そんなことは……」
「やっぱりそうなのか? だったらその方法を教えてくれないか。報酬は出す」
「ちょっ、
想定外の事態らしく、畠が叫んだ。しかし染倉はお構いなしで続ける。
「どうなんだ? バレずにテストで百点を取る完璧なカンニング方法。俺はそれに興味があるんだ。俺に教えたら儲けが出る。悪い話じゃない」
伊奈瀬はしばし、値踏みするように染倉の目を見つめた。それからパッと破顔する。極力緩急がつくように、だ。
「そんな魔法あるわけないじゃ〜ん。染倉君だってわかって言ってるんでしょ?」
「えっ?」
「だろうな」
「えっ? どういうこと?」
「伊奈瀬はカンニングもギャンブルもしてないってこと。純粋な実力だよ」
話についていけていない様子で二人の顔を見比べる畠に、染倉が丁寧に説明をしてやる。自分がやったのは単なる鎌かけで、カンニングをしようなどとは微塵も思っていなかった。伊奈瀬のはただの悪ノリだ──染倉の話を聞いてようやく、畠が「なんだあ」と安堵のため息を零した。素直で善良な人柄なのだろう。
「第一、仮に定期テストの解答を事前に入手できたとしても、地の学力がなかったら普段の授業であれだけの受け答えができるわけがない。そうだろ?」
「まっ、そうね」
伊奈瀬は素直に頷いた。
「金で簡単に釣られると思われてんのはまあまあ心外だけど」
「君みたいなのは完璧なカンニング法を思いついたとして、自分で高得点を取るよりもビジネスにしそうだって思っただけだよ」
「まああながち間違ってはないかも。……で?」
伊奈瀬は染倉を下から睨めつけた。
「用ってそれだけ? オレ外に人待たせてんだけど」
「それは申し訳ないが、もう少しだけ付き合ってくれないか。伊奈瀬のその持ち前の記憶力と推察力を、俺たちに少しの間だけ貸してほしい」
染倉は重たそうな眼鏡を一度押し上げ、伊奈瀬のことをまっすぐに見下ろした。
「俺たちクイズ研究部の助っ人になってくれないか」
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