第四章:三重・滋賀・京都編
三重・滋賀・京都編:第1話
第二十九話
図書館で一夜を明かした翌朝。外は相変わらずの曇天で、今にも雨が降り出しそうな空模様だった。
「降ってないうちに、さっさと出発した方がいいっすね……」
昨日の化け物のことを考えれば、ここに長居するのは得策じゃない。もし近くに仲間がいるなんてことになれば、また戦闘になりかねない。
あたしは軽く身震いしながら、装備の点検を手早く済ませると、静かに建物を後にした。
出る際は極力音を立てないように、ドアの開閉にも細心の注意を払う。
体育館の入口に停めていた自転車のもとへと向かい、まずはサイドバッグから昨日の戦闘で使用した分の弾薬を補充した。マガジンが満タンになったことを確認すると銃を背中に収め、予備のマガジンをポケットに入れて準備完了。
自転車のスタンドを蹴り上げ、サドルにまたがる。ペダルを一漕ぎし、前へ進み出す。今日中には三重県入りする予定だ。
「さて、行きますか――」
だが、道の状態は予想以上に酷かった。
ノーパンクのマウンテンバイクだからこそ走れているが、これが普通のシティサイクルだったらとっくにパンクして立ち往生していたはず。
「まるで地面の下を何かが這い回ってるみたいな隆起の仕方っすね……」
アスファルトが、まるで内側から押し上げられたように盛り上がり、割れている。木の根で持ち上がった道路なんて比じゃない。数日前に遭遇した超巨大ミミズのことが脳裏をよぎる。
「あそこまでのサイズじゃなくても、似たようなやつがこのあたりに潜んでてもおかしくないっすね……」
考えていても仕方がない。あたしはなるべく道のマシな箇所を選びながら走り続け、やがて四日市市に辿り着いた。
しばらく進んでいると、道端に『南部丘陵公園』の看板が見えた。
「んー……ちょっとだけ休憩してもバチは当たらないっすよね」
気まぐれに公園に寄ってみると、遊具はすっかり錆びつき、見るも無残な姿に。近くのベンチも風雨にさらされて歪んでいたが、座れないことはない。
荷物を降ろし、ぐいっと背伸びをして身体をほぐす。リュックから水と乾パンを取り出し、簡単な昼食を取ることにした。
「そういえば、旅を始めてから、理由もなくこんなふうにのんびり休憩するのって初めてかもしれないっすね……」
常に命がけで建物を探索し、物資と情報をかき集める日々。これまでは、それが当たり前になっていた。
けれど、今は――
「たまにはこういうのも、悪くないっすね」
あたしは風にそよぐ草木を眺めながら、静かに時間を過ごした。気がつけば、一時間ほどのんびりしていた。心なしか、身体の疲労も少し抜けた気がする。
気分を切り替え、再び自転車のハンドルを握る。
「よし……次は、さっき公園に来る前に見えたショッピングモール、行ってみるっすか」
──そして、あたしは再びペダルを踏み込んだ。
公園を後にし、元の道へと戻る。
目指すのは、先ほど遠目に見えたショッピングモール。距離もそう離れていなかったため、ほどなくしてその巨大な建物が視界に入ってきた。
駐車場は広く、特に目立った危険はなかった。
ときおり、建物の影からスライムがにゅるりと姿を見せては、また物陰に消えていくのが見える程度。
「あいつらは無視でよさそうっすね……」
モールの正面入口を探していると、ふと横手に並ぶテナントの中にサイクルショップの看板を見つけた。
近づいてみると、入口には鍵もバリケードもされておらず、簡単に中へ入ることができた。
店内はやや荒れていたが、使えそうな物がいくつか見つかる。
まず目に留まったのは、自転車用のカバー。
「これで雨ざらしにしなくて済むっすね」
今までは建物の軒下などにそのまま停めていたので、これは嬉しい発見だった。
さらに、ソーラー充電対応の自転車ライトも見つかる。
通常のUSB充電にも対応しており、あたしのバッテリーでも使える上、日中に屋外に置いておけば自動で充電される優れものだ。
「おぉ……地味に嬉しいっすね、これ」
続いて、自転車の修理マニュアル。どうやら店の業務用として保管されていたらしい。
万が一のトラブル時に備えて、最低限の修理が自分でできるようになるのは心強い。
そのほかにも、ボトルラックやライトの予備などを見つけて回収する。
見つけたボトルラックは、その場で自転車に取り付けた。
「さて……サイクルショップはこんなもんっすかね」
店を後にして、いよいよショッピングモールの店内へ向かう。
ヘッドライトのスイッチを入れ、周囲を照らすと、ホルスターからベレッタを抜いてサイレンサーを装着。さらに、腰の鉈も手に取る。
今のところ、見える範囲にはスライム以外の敵影はない。数も少なく、積極的に襲ってくる様子も見られなかった。
そのまま、あたしは案内板へと向かう。
館内のフロアガイドを確認すると、今回の目的に合いそうなのは――
一階にあるスーパーとホームセンター。そして二階のスポーツ・アウトドアショップ。
「まずは……アウトドアショップから覗いてみるっすよ」
囁くように独りごちて、あたしはゆっくりと足を踏み出した。
モール二階のアウトドアショップに辿り着いたあたしの目的は、新しいコートの調達だった。
この旅でずっと着てきた愛用のモッズコートは、前回の戦闘で肩口が大きく破れてしまっていた。冬も近づいている今、早めに補修か交換をしておきたいところだ。
だが——
「……これはひどいっすね」
店内は何かが暴れたように荒れ果て、商品棚は崩れ、壁には爪痕のような破壊の痕が残っていた。中に踏み込むことすら困難な状態で、遠目に見渡しても使えそうな物は見当たらない。
「仕方ないっすね。次はホームセンターを覗いてみるっすよ」
あたしは踵を返し、一階のホームセンターへと向かう。
幸いにも、こちらはほとんど荒らされておらず、入口も無傷で、中にも入れそうだった。
だが、店内の棚は多くが空っぽ。既に誰かが持ち去った後なのだろう。
それでも、あたしの目は裁縫コーナーに釘付けになった。ここだけは手付かずだったようで、糸や針、裁縫セットがしっかりと並んでいた。
「コートの代わりは無かったっすけど……これで修理くらいはできそうっすね」
裁縫の経験があったかどうかは思い出せない。けれど、無いよりはまし。
いざとなれば、また別の場所で新品を探せばいい。
あたしは使えそうな道具や糸をリュックに放り込み、さらに他の棚も確認していく。
残されていたのは、携帯コンロの予備ガス、バーナー、そして久しく使っていなかったスリングショット用の鉄球。
それらもまとめて回収し、次はモール内のスーパーへと足を向ける。
しかし、スーパーへ続く通路に入った瞬間、あたしの足が止まる。
あのアウトドアショップと似た破壊の痕跡が、道中に徐々に増えていったのだ。
そして、スーパーの内部に足を踏み入れた瞬間——
「……めちゃくちゃじゃないっすか」
棚はなぎ倒され、ガラスは割れ、商品は原型を留めていない。
遠目に探索できそうな棚が数個見えるが、それよりも、奥の暗がりから漂ってくる何かの“気配”が気にかかる。
「なんか奥に気配があるんすよね……」
あたしの第六感が警鐘を鳴らす。
もしかすると、この荒れようの原因が、まだそこに居座っているのかもしれない。
「……やめといたほうがよさそうっすね」
あたしは引き返し、来た道を戻って、サイクルショップの出入り口から外へと抜け出す。
空を見上げると、あたりはもう薄暗くなり始めていた。
「早めに、泊まれる場所を見つけないといけないっすね……」
再び自転車に跨り、あたしは次の夜を過ごす場所を探して、静かにペダルを踏み始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます