三重・滋賀・京都編:第2話
第三十話
ショッピングモールを出てしばらく走ると、住宅街が視界に入ってくる。
太陽は既に傾きかけていて、そろそろ夜の気配が忍び寄っていた。早めに今晩の寝床を確保しておかなければならない。
そう判断したあたしは、廃墟と化した住宅街の中へと足を踏み入れた。
だが、どの家も酷い有様だった。壁が崩れ落ちていたり、屋根に大きな穴が空いていたりと、泊まるには適さない状態ばかり。
そんな中、一軒の家がふと目に留まる。
「……町かど博物館?」
朽ちかけた木の柱に、そう書かれた看板が立てかけられていた。
外観は古民家風。だが、建物全体はまだ原型を保っていて、大きく壊れている様子もない。
雑草が建物の周囲を覆ってはいたものの、それさえ除けば比較的綺麗な状態を保っているように見えた。
「他に探すのも面倒ですし、ここに決めちゃうっすよ」
玄関に戻り、戸を横に引こうとするが――開かない。鍵はかかっていないのに、引っかかって動かないようだった。
仕方なく、バールを隙間に差し込み、力を込めて押し開ける。
ギギギッという音が静かな街に響き渡るが、何とか開けることには成功した。
自転車を玄関前に停め、先ほどのモールで手に入れたカバーを被せると、急いで屋内に身を潜り込ませる。
今度はドアも素直に閉まり、室内は静寂に包まれていた。
まずは安全確認。
拳銃を構えながら、一部屋ずつ慎重に調べていく。
建物の中は、見た目ほど広くはなかった。
どうやら、地域の文化や歴史を展示する小規模な博物館のようで、展示室の他にはちょっとした会議室のような部屋もあった。
おそらく、博物館兼地域の公民館のような施設だったのだろう。
「……あたしにとっては、化け物も潜んでないありがたい休憩所ってとこっすね」
荷物を降ろして少し休むと、リュックの整理に取り掛かる。
中身はすでに満杯で、そろそろ整理しておかないと必要なものを取り出すのに時間がかかる。
食料や衣類はなるべく底に、予備弾薬や水、消毒薬といったすぐに取り出す必要のあるものは上部へ。
リュックの中を綺麗に詰め直し終えた頃には、それなりに時間が経っていた。
「今日の夕食は~っと、お! 豚の角煮っすね」
自衛隊の戦闘糧食を取り出し、お湯で温める。
香ばしい匂いが漂ってくる中、味噌汁の準備と白飯の用意も同時に進めていく。
「いただきます!」
角煮をご飯の上に乗せ、そのまま大きく頬張る。
甘じょっぱい味付けが白飯とよく合っていて、自然と食欲が進む。
「甘じょっぱい角煮でご飯がどんどん進むっす」
味噌汁で喉を潤しつつ、あっという間に完食してしまった。
食後、少しのんびりしてから装備の点検に移る。
「ガンオイルとかも心もとないし、どこかで補充したいっすね」
専門のメンテナンス用品は貴重だ。今後はホームセンターにあるような代用品の潤滑油も視野に入れておくべきかもしれない。
銃器のメンテナンス、刃物類の錆止め、油の差し直し――一通り終えたら、手の汚れを拭き取りつつ、体も簡単に拭いていく。
その後、寝る準備を整え、寝袋にくるまり、あたしは静かに目を閉じた。
翌朝――空は昨日までの重たい雲が嘘のように、すっきりと晴れ渡っていた。
あたしは寝袋から這い出ると軽く伸びをしてから、地図を広げる。
「早ければ今日中には滋賀県に入れそうっすね」
地図を畳み、荷物をまとめると外へ出る。博物館の玄関をそっと開け、周囲の様子を確認するが、特に危険な気配はない。
自転車に近づき、チェーンに潤滑油を差し、タイヤの状態をチェックしていく。
「タイヤの溝もだいぶ減ってきてるっすね……」
毎日、ほとんど休む暇もなく長距離を走り続けたせいで、目に見えて消耗していた。
ノーパンクタイヤといえど、劣化が進めば走行に支障をきたす。
あたしは少し眉をひそめながらタイヤを撫でる。
「次、どこかで自転車屋を見つけたら……タイヤ交換したほうがいいかもしれないっすね」
ぽつりと呟きつつ、スタンドを蹴り上げてサドルに跨がると、ペダルを踏み込む。
目指すは滋賀県――だが、その道のりは容易ではない。山道を越える必要があるのだ。
博物館を出てすぐ、鈴鹿市の表示が見えてくる。
「何もなければ、鈴鹿サーキットとか見てみたかったっすね……」
誰にともなく呟きながら、舗装の荒れた道を注意深く走っていく。
やがて亀山市に入る。ここから山越えルートが始まる。
一度山に入ってしまえば、夜までに抜けられなければ野宿を強いられることになる。
しかもそれが屋外で、化け物が出る可能性もあるとなれば――下手をすれば命取りだ。
「場合によっては、山に入る前にどこかで一晩過ごして、明日朝に出発してもいいかもしれないっすね……」
見上げた空はすでに太陽が真上。お昼時のようだ。
亀山市内を抜け、山道の入り口が見えてきた頃には、すでに昼を少し回った時間になっていた。
「ここから三時間程度でこの山を乗り越えられるかっすね……」
そう呟きながら、あたしは地図とにらめっこをする。進むべきか、泊まるべきか。しばし迷って周囲を見渡すと、道を外れた先にそれらしき建物が目に入る。看板には「ゲストホテル 石ロッジ」と書かれていた。
「無理に進むより、一旦あそこで泊まるほうが良さそうっすね」
そう判断して進路を変えると、あたしはホテルに向けて自転車を走らせた。
玄関前に辿り着き、自転車を止める。入り口のドアは閉じているものの、鍵はかかっていないようで、すんなりと開いた。館内に一歩踏み入れると、スライムが数匹ぬるぬると這っているのが目に入った。
「……この程度なら余裕っすね」
さっさとバールを構え、スライムたちを順に処理していく。ロビー周辺の安全を確保したあたしは、案内板に目を向けた。
客室の他に、フリースペース、宴会場、そして大浴場まであるらしい。ちょっとした観光宿泊施設のようだ。念のため、館内の各部屋を一つずつ確認してまわり、敵や化け物がいないことをしっかり確認した。
一通りの確認が終わる頃には、もう夕方が近づいていた。
「今日の寝床は、ここに決定っすね」
あたしは和室の一室を選び、荷物を置いて腰を下ろした。
ふと、以前アニメショップで手に入れた漫画や小説のことを思い出す。
「そうだ、今日はあれで時間潰しするっすよ」
そう呟いてリュックから取り出したのは、何冊かの漫画。旅が始まってからというもの、娯楽らしい娯楽にはほとんど触れてこなかった。ページをめくる指先に、自然と力が入る。
読み始めると、時間はあっという間に過ぎていった。物語の世界に没頭していたあたしは、気がつけば外がすっかり暗くなっていたことに驚き、慌てて夕食を済ませる。
「明日は早朝から山越えだから、今日はさっさと寝なきゃっすね」
そう呟いて寝袋に潜り込む。ほんのひとときの、静かで穏やかな夜だった。
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