第3話
まゆと二十分ほど歩くとボーリングとかができる大型レジャー施設が見えた。
「ボーリングとか久しぶり」
たしか、最後にやったのは小学生のころだったか。少なくとも中学時代は一度もやっていないから四年ぶりくらいだろうか。
「私も久しぶり」
まゆが笑う。
「ボーリングに飽きたら適当にほかのスポーツやろ」
「あーそのほうが良さそう」
大型レジャー施設の利用自体が久しぶりなせいで、すこし緊張する。返事に中身がないことを自覚しながら自動ドアをくぐると、ゲームセンターの騒音が耳を揺らした。
騒音を無視して二階に向かい、受け付けを済ませる。
ふと、ボーリングをしようと二人で約束したことを今更、思い出した。もう叶わないなと思いつつ、そんな約束が両手で数えられないほどあることをまた、思い出した。
私は一体、どうすればいいんだろうか。そんなことがわからなくなった。
数年ぶりに持つボーリングの球は思ったより重たかった。それはまゆも同じようで先ほどから苦戦している。
「ちょっとまって、思ったよりむずいんだけど」
まゆが黒い溝に吸い込まれるボールを背に、驚いた顔をしてこちらを見つめる。先ほどので四投目。私もまゆも一度としてピンを倒せていない。
「ボールの重さ変えてみたら?」
「やだ。この色がかわいいんだもん」
彼女が投げているのはワイン色のボウリングボール。私は持てるがたぶん、投げられない。それくらいの重さ。私は九ポンド。妙に派手なオレンジ色したボールだ。趣味じゃないけど、投げれるならそれでいい。
一本も倒されていないピンが機械的に倒され、新しく設置される。次は私の番。
「スコア勝ったら言うこと一つ聞くってことで」
「スイーツ巡りなら付き合うよ?」
「んじゃ、こってりラーメンでも食べに行こっか」
「そんな殺生な!」
最近気にしてるんだからねと不貞腐れたように言うまゆを見て思わず笑みがこぼれた。
私はもう少し肩の力、抜けるかな。多分、そんな気にしなくてもいいし。最低限、人によく見られれば。
おしゃれするのは楽しいし、好きだ。人並みに体重や身なりにも気を使っていた。ただ、誰かに好かれようとして、気合を入れる必要がなくなっただけ。それはたぶん、いいこと、かな。
感じていた重みが離れて、ごんっと固い音が鳴る。少し力の入ったボールは緩やかに回転しながらピンを四本ほど倒して、奥に吸い込まれていった。無意識のうちによしっと声が出て、堪えきれず、笑った。なにが、よしなんだ。なにがよかったんだ。もう、よくわかんないくせに。
「いえーい」
気の抜けた声でまゆとハイタッチをする。
「泥試合から抜け出せたかな?」
「五十歩百歩じゃない?」
へたくそ同士がどう頑張ったところで泥試合は避けられないだろう。どちらかガーターに球を落とさないかの戦いだ。子供のほうがもっと倒しているだろう。
ピンが直される光景を見つめながら球が戻ってくるのを待つ。ピンが持ち上げられて、倒れたピンを奥に押しやって、ピンを立て直す。洗礼された機械の動きを見つめる。
「どしたよ。今日は」
「どうしたのって?」
反射的に聞いた。頭をできるだけ使いたくなかった。
「いや、なんか、テンション低いなーって」
「そう?」
「気のせいかも」
「どうだろ」
「わかんないね」
要領の得ない会話をしていると球が戻ってきた。ほのかにべたついた球を持ち上げて、すぐに投げた。力んだせいか球はへんな方向に向かっていって、隅に立っていたピンを一本倒した。
それから時々ガーターを出しながらも、二人ともそこそこ倒せるようになったところでゲームが終わった。勝ったのは私。泥試合からは抜け出せなかったけれど、それなりに良い勝負だったはずだ。久しぶりにしては、よくやったはず。
久しぶりのボーリングで体力を持っていかれたのかまゆが弱音を吐いたので、仕方なく店を出る。私としてはもう少し体を動かしておきたかったが、散歩でごまかすしかなさそうだ。
なんとなく解散するタイミングを見逃してしまって、店の前で座り込む。言いようのない風が髪をなでる。そういえば最近切ろうと思っていたんだった。
手で髪を整えながら首を動かすと視界の隅に自動販売機が映った。学校の中にあるものと同じ会社のものだった。
「なんかおごって。勝ったんだし」
「そんなんでいいの?」
「私そんな遠慮ないやつだと思われてたの?」
一応何年も一緒にいるのに、ひどいな。ふっと思わず笑みが漏れた。まあでも、一年と少し友達以上の関係になった人間も、似たようなものだったし、仕方ないか。
自動販売機に向かって小走りで向かい、品ぞろえを見る。時期が微妙だからか、まだあたたかい飲み物は出てきていない。一番下まですべてつめたい飲み物ばかりだ。
スポーツドリンクでもいいし、安い水とかお茶でもいい。まゆにそこまで高いものを買わせるのも忍びない。どうしようか。
「それじゃあ」
水で。そう言おうとして、一番下につめたいココアがあることに気が付いた。つめたいココアなんて、あったんだ。ココアがつめたい。はじめて見た。そんなもの知らなかった。
「このココアにしようかな」
興味があった。いつもあたたかいものしか知らなかったし、たまには変化球のようにつめたいココアを味わってみるのもいいのかもしれない。
「それでいいの? ほんとに?」
「うん。ちょっと興味」
ただの出汁を買う人間がいるんだ。つめたいココアを買う人間もいるだろう。それに商品化されるってことはそれなりにおいしいってことだろうし。きっと、おいしいはず。
まゆがスマホを操作して購入する。私はあまり電子マネーを使わないから新鮮だ。便利そうだし、使ってみるのもありかな。そんなことを考えてみる。
がこんと音が鳴ってココアが出てくる。まゆがそっと取って、私に差し出してきた。受け取ると、つめたい。へんな感覚だ。いつもと違う。
すぐに飲む気になれず、手の中でココアを包んだ。
「ありがと」
まゆは笑みを深め、スマホで時間を確認した。
「お昼だね」
「解散しよっか」
それじゃあ。そう言って駐車場で別れた。お昼食べる気になれないな、なんて思いながら私はまた歩き始めた。手の中のココアはいつの間にか人肌と同じになっていた。
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