第7話 消えた答え

翌日、陽菜は授業が終わるや否や、楽器を片付ける手も早足になっていた。

昨夜、優翔くんからの返信が途絶えたままスマホを握りしめ、考え続けたこと——直接会いに行くしかない、という結論だった。


放課後の駅前は人で溢れ、部活帰りの制服姿と買い物袋を提げた人々が入り混じる。

蝉の声と自動車のクラクションが重なり、陽菜の胸の奥で焦燥感が膨らんでいく。


川沿いの古い住宅街へ向かう道は、夏草の匂いと土の湿り気が漂っていた。

小学生の頃、何度も通った道だ。優翔くんの家に行くたび、玄関の前で彼が駆け寄ってきた姿が蘇る。

——あの笑顔にもう一度会えるだろうか。


表札には確かに「岡田」の文字。

だがインターホンを押しても応答はない。

二度、三度押しても、家の中は静まり返ったままだ。

郵便受けには数日分の新聞と色あせたチラシが詰まり、誰も片付けた様子はない。


背後から声がした。

「お姉ちゃん、だれ?」

振り返ると、小学生くらいの女の子が自転車を押して立っていた。

麦わら帽子の影から、好奇心と警戒心が入り混じった目が覗く。


「ここに住んでる人、知ってる?」

「優翔お兄ちゃん? 夏休みのはじめから見てないよ。……あの日から」


「あの日?」陽菜は身を乗り出した。

「花火の日。川でなんかあったって、お母さんたちが話してた」


女の子はそれ以上言わず、帽子のつばを押さえてペダルを踏み込んだ。

残された蝉の声が、やけに耳に残った。


足は自然と川沿いへ向かっていた。

夕暮れ、川面は茜色に染まり、風が湿った匂いを運んでくる。

橋のたもとに立つと、陽菜の胸に古い記憶が押し寄せた——いとこや友人たちと並んで見た花火、笑い声、そして浩一の横顔。


そのとき、視界の隅で影が動いた。

対岸の欄干にもたれ、スマホを耳に当てている男——晴翔だった。

制服姿ではないが、その姿勢と背の高さで間違いようがない。


彼の表情は硬く、何度も短く頷いていた。

やがて視線が一瞬こちらをかすめる。

陽菜の背筋に冷たいものが走った。

晴翔はすぐに視線を外し、通話を切ると反対方向へ歩き去った。


——なぜ晴翔がここに?

——そして、なぜ“あの日”の場所に?


胸の奥で何かが噛み合う音がしたが、それが真実への歯車なのか、新たな罠の始まりなのか、陽菜にはまだ分からなかった。

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あの夏、嘘と祈りと 遠野 碧 @sy_yt

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