第6話 交わる影
数日後の夕方、練習を終えた陽菜は、駅前のコンビニ前で足を止めた。部活帰りの熱気がまだ制服に残り、首筋を汗が伝う。自動ドアが開くたびに漏れ出す冷気が、一瞬だけ肌を冷やした。
スマホが震え、「晴翔」の名前が画面に浮かぶ。胸の奥がざわめく。
「……もしもし」
『急に悪い。浩一の事故の件、少し調べてみた。警察の記録は見られなかったけど、消防の出動記録は公開されてた』
陽菜は壁にもたれ、耳を澄ます。周囲の喧騒が、言葉を拾うたびに薄れていく。
『出動時刻は午後4時58分、現場到着は5時03分。通報者は“通りがかった人”とされてる。しかもその40分前、近くで“河原で争う声がする”って別件の通報が入ってた』
「争う声……」
『誰と誰かは不明。でも、あの川辺、人通りはほとんどないはずだ』
陽菜の脳裏に、夕暮れの川が浮かぶ。湿った風、濁った水面、蝉の声の奥に混じる低いざわめき。それは現実の記憶なのか、それとも想像なのか、判別がつかない。
「……ありがとう、晴翔」
通話を切ると、街の音が急に押し寄せてきた。車のクラクション、信号の電子音、コンビニのBGM。だがその中に、不自然な静けさが混じっている気がした。
ふと足元の影が長く伸び、その先にもう一つ別の影が重なった。陽菜は反射的に顔を上げる。
駐車場の奥に、細身の男性が立っていた。帽子を深くかぶり、手にコンビニ袋をぶら下げている。一瞬だけこちらを見て、すぐに背を向けた。
その横顔に、覚えがあった——優翔くんだ。
「優翔くん……?」
声が喉の奥で震え、空気に溶ける前に、優翔くんは歩みを速め、やがて駆け出した。夕陽が背中を赤く染め、影がアスファルトを滑るように伸びていく。
陽菜は咄嗟に数歩追いかけた。だが、車の間をすり抜ける彼の姿を見失い、立ち尽くす。肩で息をしながら、心臓の鼓動が耳の奥で響いた。
——どうして逃げたの?
思考が絡まり、答えのない問いが胸を締め付ける。幼い頃の記憶が、断片的に浮かび上がった。夏の日、夕焼けの校庭で笑う優翔くん。土埃と汗の匂い。何気ない会話の中に混じる、夢の話。
その記憶と、さっきの背中が、どうしても結びつかない。
陽菜はゆっくりと息を整え、スマホを握りしめた。もう一度、連絡を取らなければ。逃げられた理由を、直接聞くために。
胸の奥で、不吉な歯車が音を立てて回り始めた気がした。それは、過去と現在をゆっくりと繋げていく音でもあった。
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