第4話 沈黙のメッセージ
陽菜は、その日の夜、部屋のカーテンを閉めたまま机に向かっていた。
練習を終えて合宿所の部屋に戻っても、いつものように音楽を聴く気にもなれず、ただスマホの画面をぼんやり眺めていた。
晴翔の言葉が頭を離れなかった。
「浩一の家、川に行くときは絶対親に言うルールだったんだよ」
浩一が、ルールを破ってまでひとりで川に行く理由。
そもそも本当に、ひとりだったのか?
陽菜は、スマホのアドレス帳を開いた。
「……美緒」
あの夏以来、連絡を取っていなかったいとこ。今も番号が変わっていないことを祈りながら、震える指でメッセージを打った。
美緒ちゃん、元気ですか? 陽菜です。
久しぶりに話したいことがあります。時間もらえるかな。
送信ボタンを押すまでに、数分かかった。
画面に「既読」がついたのは、その一時間後だった。
陽菜ちゃん? びっくりした。大丈夫だよ、どうしたの?
陽菜の胸に、少しだけほぐれるものがあった。
電話、してもいい?
うん、いいよ。
スマホを耳に当てた瞬間、懐かしい声が返ってきた。
「久しぶり、陽菜ちゃん……元気そうだね」
「……うん。そっちは?」
「まあまあかな。突然どうしたの?」
陽菜は、浩一の死を聞いたこと。
そして、美緒が何か知っているかもしれないと思ったことを、慎重に、言葉を選びながら話した。
美緒は沈黙した。ほんの数秒だったが、電話越しでも分かるほど重い沈黙だった。
「……ごめんね。実は、私も聞いてたの。浩一くんのこと。でも……話せなかった」
「どうして?」
「正直に言うとね、私……あのとき、最後に浩一くんから連絡をもらってたの。会ってはない。でも、メッセージが来たの」
陽菜の心臓が、どくんと音を立てた。
「なんて……書いてあったの?」
「“ありがとう、美緒。あのとき、言ってくれてよかった”って」
「それって……」
「わからない。でも、どうして私にお礼なんて言ったのか、ずっと引っかかってて」
その言葉を聞いた瞬間、陽菜の頭の中にある記憶が繋がりかけた。
浩一が、最後に誰かに伝えた“ありがとう”。
それは、罪の告白なのか、それとも感謝の別れだったのか。
そしてその相手が、なぜ「美緒」だったのか。
「ごめんね、私……本当はもっと早く言うべきだったんだと思う」
美緒の声が震えていた。
陽菜は、怒ることも責めることもできなかった。
ただ、もうひとつの事実を知っただけで、胸の奥がざわついた。
誰かが、何かを知っていて、何かを黙っている。
でも、真相に一歩近づいた——そんな予感だけが、確かにあった。
陽菜は、もう一度浩一のSNSの画面を開いた。
「野球って、むずかしいな。でも、やっぱり楽しい。」
その投稿が、本当に「最後の投稿」だったのか。
いや——それすら、まだ分からない。
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