ブラジル代表戦1失点目とマラドーナの最後のゴール

 “神の子”ディエゴ・マラドーナの現役時代最後のゴール、'94W杯ギリシャ代表戦のゴールは当時から話題になり、今では伝説の1頁だ。

 しかし、そのゴールのアシストをしたフェルナンド・レドンドのプレーは当時からまるで話題にならなかった。


 中盤中央でボールを持ったレドンドはまず右の選手、次に前の選手と連続してワン・ツーパスをした後、左にいたフリーのマラドーナにボールを渡した。


 このプレーのポイントは、ワン・ツーパスの間に相手選手を挟まなかったことだ。

 つまり相手守備陣の目前で相手守備陣に関係なく行われたため、ただの技術的に安易なプレーと思われた。

 でもこのプレーがマラドーナに余裕を与えた。

 


 日本代表対ブラジル代表戦のブラジルの1得点目も、同じように縦のワン・ツーパスからの流れだった。

 一つの見方ではブルーノ・ギマランイスとルーカス・パケタがパス交換でタメを作り、パウロ・エンリケが抜け出す時間を作った。

 もう一つの見方では、ギマランイスとパケタがパス交換で日本代表の動きを止めた。


 日本では縦パス・楔のパスを後ろにいる選手に前向きにボールを持たせるためと、説明される。

 その通りだが、縦パスには別の効果もあって、それは守備陣の視線を強烈に集めること。

 横パスは視線で追うと視界も横にズレるが、縦パスは視界を1点に集中させる。


 ギマランイスとパケタは縦パスで守備陣の視線を集めるだけでなく、パスをそのまま後ろに折り返して守備陣の視線を固定させた。

 これで、日本代表の守備陣はボールウォッチャーになった。

 というか、ギマランイスとパケタがそうさせた。


 この守備陣の崩し方は身体能力や技術的に特に優れたものではないので、華やかさはない。

 守備陣形を崩したものでもないので、評論家や戦術家も取り上げたりはしない。 


 では日本代表がどう崩されたかと言うと、心理的に崩された。

 相手を挟まないパス交換は守備陣形に何の影響も与えないが、視野を固定させるので、視野の外で起こったことには気づけない。

 だから誰もエンリケを追いかけられなかった。


 日本に輸入された戦術にはこんな守備の崩し方は無いのだが、南米の選手達はおそらく経験でこういうプレーを良く知っているのだ。

 だから、その間に他の選手が走り込める。


 これも、マリーシアの1種と言えるのではないだろうか。



 前述のレドンドのプレーも、相手守備陣形には何の影響も与えていない。

 しかし守備陣形の前で派手なパス交換をすることで、守備陣の注目をレドンド1人に集め、ギリシャ代表が最も警戒しないといけなかったマラドーナをその瞬間忘れさせた。

 マラドーナの立ち位置は変わらなかったが、マラドーナには場と時間が与えられた。

 レドンドは分かりやすいシュートチャンスを作ったわけではないが、マラドーナにはそれで充分だったのだ。



 戦術論にあるような構造的なプレーではないが、こういうプレーもサッカーの奥深さや楽しさを教えてくれるのではないかと思う。

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