第13話 海夏



 「光姫ちゃんっ―――――!!!!」



 静寂を切り裂くように、私の声が庭全体に響き渡った。


 

 「み、海夏……どうしたのそんなおっきな声出して…」




 あ……しまった。光姫ちゃんの瞳には戸惑いと怯えが見える。


 

 …………落ち着け。落ち着くんだ。


 せっかくやり直すチャンスを貰った。どうしようもない私に、こんな機会きっと二度と来ない…。


 八年もの間ひたすら後悔を繰り返した。光姫ちゃんの顔を思い出すたびに、あの時に戻りたいって……そう願った。


 息を整え、荒ぶる鼓動をなんとか鎮める。


 「ご、ごめん皆。突然大きな声出しちゃって……あのさ、話したい事があるんだ」


 「うん、何でも言って?」


 「えっとね――――――」


 

 考えろ。いま最も適切な言葉。絶対に光姫ちゃんを引き留めることが出来る内容。


 失敗は絶対に出来ない。




 ――――そうだ



 「花火大会さ……私の家で皆で見ない?お母さんがバーベキュー用意してくれるらしいんだっ!」




 ……………。



 「え!いいやん〜!それに海夏ん家からやったら花火も一応見れるし。何よりバーベキュー!うちやったことないねん」


 「綾乃!!いっぱい肉食べるぞ!わたし家から持っていく!」


 「恋、勝手に持っていかんようにな〜?」





 「ありがとね海夏っ!すっごい楽しみだなあ……」


 


 ――――――これで………。


 

 これで……良かったんだよね?


 

 ワイワイとそれぞれがバーベキューと花火の話題で盛り上がっている。そこに私の申し出をする人は誰もいなかった。



 ――――思っていたより上手くいった。

 それは咄嗟についた嘘。でも、私の家は広いしきっとバーベキューくらいなら頼み込めばしてくれるだろう。



 本当に私が不安に思っていたのはそこじゃない。突然『話せなくなる』こと。それだけだった。


 ――私の思いとは裏腹に、言葉は流れるように話すことができた。


 …………もしも。


 光姫ちゃんの死に関わることが『話せない』わけじゃないのなら。


 

 



 「……………。」


 「海夏?どうしたの浮かない顔して。あ、もしかしてさみしかった?なんてねっ」


 「うん」


 「えっ…………そっ、そっか////ごめんね、後でいっぱいぎゅーしようね!」


 「うん…」


 

 


 コオロギの鳴く音。花火の散る音。光姫ちゃんたちの笑い声。


 残響が私の頭にいつまでも残り続けた。それはスノーノイズのようにザラザラとしていて。



 ………酷い頭痛がする。


 



 

 ◆◇◆◇





 花火大会の日。何とかして光姫ちゃんの死を回避するため、庭でバーベキューをしながら見る予定になっていた。



 しかし、それは中止になった。


 中止になったのはバーベキューだけじゃない。


 ――――――花火大会も。



 その日は元々晴天の予定だった。実際、私がその数日前に天気予報を確認していた時もそうだったと思う。

 でも、大雨が降った。雨雲の気分が大きく変わったのだ。結局花火大会は雨天中止。


 一発の花火も打ち上がることはなかった。



 ◇◇◇


 学校の昼休み。今日は珍しく光姫ちゃんが休んでいた。


 「バーベキュー、残念やったなあ。あんなに急に大雨が降るなんて……ゲリラ豪雨ってやつなんやろうか?」


 「そうだな〜。まあまたバーベキューは今度だな!明日はついにお祭りだぞ!………海夏、大丈夫?」


 「えっ…、うん。大丈夫だよ!バーベキューまた今度お母さんにお願いしとくね」


 「海夏……やっぱり最近元気ないよな……今日は光姫おらんっていうのもあるんやろうけど…………」


 親友の二人には私の体調が優れないことくらいわかるのだろう。私を気にかけてくれている。


 「そうでなくてもずっと顔色悪いぞ。熱とかあるんじゃないのか……?」

 

 恋ちゃんはそう言って私のおでこに手を伸ばす。



 「確かめてあげるぞ――――え……」




 ――――恋ちゃんの手は、おでこに触れることはないまま……虚空を切るだけだった。



 (また……まただ………)




 最近の突然の体調不良。



 自分の家にいても、綾乃ちゃんの家で倒れた時のように、体に完全に力が入らないときがある。まるで事切れたように。

 それも一度や二度じゃない…それは少しずつ増えていて。


 病院にも行ってみたけど、原因は分からなかった。



 「れ、恋ちゃんっ!お願い……いま見たことは光姫ちゃんには内緒にしてっ………」


 そう言う私の声は震えて、消え入りそうで…弱々しかった。


 「………………海夏。わかった。いつか絶対教えるんだぞっ」


 「うん……。恋ちゃんありがとう…」


 恋ちゃんは何も聞かないでくれた。きっと少し前から私の様子が変なことには気づいていたんだ。この嘘みたいな状況を、何とか飲み込んでくれた。


 

 ………………予想はついていた。きっと光姫ちゃんに限らず、これが起きることは…。


 おそらくこの未来から過去に来たのようなものは、祭りの日に近づくほど酷くなっている。


 そして、これは光姫ちゃんの死に関係して引き起こされるものじゃない。





 これは―――――代償……ってやつなのかな。



 どれだけ願っても叶わなかった思い。


 

 やっぱりただで過去に戻れるなんてあり得ないってことなのかなあ。ただ一度だけ、その笑顔を見たかった。


 もう充分……光姫ちゃんと過ごせたってことなんだよね。




 あのとき。


  私が願った内容は―――――――

 

 



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