第1話 赴任先は辺境伯領



 ここはトランスト王国王宮内の一室。王国の政務を補佐する文官や女官が集まる政務室。

 この場所に今日も、悲痛な叫び声が響いていた。


「また辺境伯様の書類訂正だよ~~~~もう、これで何度目だ? 今年中に終わるのか!?」


 その声を聞いてみんなげんなりと肩を落とした。

 

「どうするんだ? 今年中に全ての領の報告書を上げないと休みが消える!!」


 文官の叫び声と共に、室長が声を上げた。


「仕方ない……陛下と宰相閣下にご相談してくる」


 みんなの『なんとかしてくれ!!』という期待を背負って、室長は陛下と宰相閣下に相談に行ったのが……

 2日前。





 そして……今日。


「頼む、ライラ!! 辺境伯領に行って、仕事を終わらせてくれ!!」


 朝一番。

 室長に呼ばれて机の前に行くと、突然の無茶な依頼。


「ライラは腕も立つ。馬にも乗れる。宰相閣下が辺境伯に行ってくれたら特別ボーナスを出して下さるそうだ。さらに宰相閣下が、辺境伯殿が仕事に慣れるまで補佐してくれたら、その期間は給与を上げて下さるとも言っていた!! 頼むライラ、私たちを助けると思って、辺境伯領に行ってくれ!!」


 特別ボーナス!?

 給与アップ!?


 その言葉には心が揺れる。

 我が、リンハール男爵家は2年前の洪水で大きな被害を受けた。

 その時に多くの資金を投入して領の立て直しをしたので、現在資金不足で苦労しているのだ。


(私が、辺境伯領に行けばかなり楽になる!!)


 実は辺境伯領は王国の端にあり、魔物も多く出るため皆が行きたがらない場所だった。

 私は、学生の頃の剣術大会で男性に混じって参加して入賞を果たした経験がある。

 さらに乗馬大会でも賞をもらった。

 騎士にならないかと誘われたが、私はずっと目指していた女官になった。

 そして女官になってまだ一年経っていないが、辺境伯領に出向することになってしまった。


「わかりました。行きます!!」


 そうして私はそれから数日後に辺境伯領に向かうことになったのだった。





 辺境伯領は、一般的には馬で7日。馬車で20日。

 随分と日数が違うと思うだろう。

 7日の方は、直線距離だがかなり狭い。とてもじゃないが馬車は通れない。だから馬車で行くとなると大きな道を選ぶ必要があるので20日もかかるのだ。


 辺境伯邸で生活に必要な物は準備してくれるそうなので、私は馬で必要最低限の荷物だけ持って辺境伯領に向かうことにした。

 一般的には馬で7日のところを私は5日で到着した。

 辺境伯邸は隣国との国境である砦の近くにある。

 私は、まずは辺境伯邸ではなく、辺境伯が普段指揮を執っている砦に向かった。


(ここか……さすが、辺境伯領の砦……大きいな……)


 魔物を防ぐ防波堤のこの場所はとにかく強固で大きい。

 私が馬で砦に行くと多くの騎士が出迎えてくれた。私は陛下の任命書を見せながら言った。


「陛下の命で参りました。ライラ・リンハールと申します。辺境伯様はどちらですか?」


 私が尋ねると、騎士が案内してくれた。


「確かに、陛下の印確認いたしました。こちらです!!」


 そして辺境伯様の執務室に案内して貰った。何度かノックをしたが、返答がない。


「あの……本当にいらっしゃるのですか?」


 騎士に尋ねると、騎士が思い出したように言った。


「ギルベルト様は倒れている可能性もあります。どうぞ、遠慮せずに開けてみて下さい。それでは失礼します」


「え? あの……ちょっと、待って……え? え? 今の一般的な会話に出て来る言葉、だっけ?」


 騎士を引き留めようとしたが、すでに彼はいなかった。

 私は騎士の言葉に困惑しながらも扉を再びノックした。


「仕方ない……失礼します……」


 何も返事がないので扉を開けると、私は愕然とした。

 床の上に男性がうつぶせで倒れていた。


「きゃ~~~~事件!!」


 思わず声を上げると、床に倒れていた男性がピクリと動いた。


「あれ? もしかして……」


 私は床に倒れている男性に声をかけた。


「あの、すみませ~~ん。起きて下さい」


 何度か声をかけると男性がゴロリと仰向けになり、ゆっくりと瞳が開いた。


「可愛い女の子がいる……ここは……どこ?」


 私は男性に向かって言った。


「ここは、砦です。そして私は陛下の命でここに来たライラ・リンハールです……あの……大丈夫ですか?」


 すると男性はタ倒れたまま私を見てにっこりと笑った。


「ああ、少し倒れていただけですので、お気遣いなく」


 少し倒れるとは一体どういう状況なのだろうか?

 全くわからない。

 私はますます困惑しながら答えた。


「い、いえ……」


 私はとりあえず、倒れている辺境伯に手を差し伸べたのだった。仕事を手伝うなどの比喩表現ではなく、物理的に。



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