第23話 エルフとアンデッドは青い夕陽のその向こう
「ああ、見て! 青い夕陽が昇ってる!」
声を上げた子の指差す方向を見ると、首都の街並みの隙間に、青い炎をまとった球体が浮かんでいる。
「予言は本当だったんだ」
「終わりだ」
「ああ、こんなことならあの子に告白しておけば……」
「嫌だ、僕たちはまだ生きる!」
そう言って、颯爽と現れたのは主人公の男の子だった。
「みんな、力を貸して! あの夕陽をぶっ壊そう!」
「君……」
「そうだね、希望を捨てちゃだめだ」
「最後まで諦めない!」
主人公に呼応して、みんな青い夕陽に向けて手を伸ばすと、それぞれの魔法の力を結集させる。そうして、鋭い閃光が走ったかと思うと──青い夕陽はぱかっと二つに割れた。
「やった! 割れた!」
「世界は守られた……僕たちは生き延びたんだ!」
わあっ、と、みんな集まって大喜び……そこへ、舞台袖からすたすたと小さな子が入ってきて、大きな声で言った。
「こうして災厄を乗り越えた人たちは幸せに暮らしました。おしまい」
どっと拍手が起こって、幕が下りた。
──その日に行われたのは、オーダイト国立学校の有志による演劇発表会。わたしたちは来賓として招かれていた。
「あはは、『青い夕陽』ってこんな話だっけ」
わたしが隣のサイルに話しかけると、彼女はどこか不満そうな顔をしていた。
「ううん。もっと悲しくて救いようのない恋愛劇だったよ」
「まあまあ、原作をもとに子どもたちが考えたんでしょ? 希望があってわたしは好き」
「確かに、終わりがあるから儚くて美しいなんて……都合がいい話だもんね」
そう言って、サイルはそっと手を重ねてくる。
こんな積極的なのに、ひんやりして、控えめな手つき。うう、なにこのかわいいの……。
周りに悟られないようにつま先でじたばたしていると、先生が近寄ってきて声をかけてきた。
「リア理事長、ひとつ感想をいただけますか?」
「え? あ、は、はい!」
あ、そういう時間あるんだ!
わたしは慌てて立ち上がる。けど、油断していたので頭が真っ白になってしまう。
会場の人はみんな、期待するような眼差しで、お偉いエルフとしてのわたしを見ている。実際のわたしは未だに子どもみたいで、いつも不安で、サイルに甘えちゃっているのに、不思議な感じだ。
その時、わたしの中に未知の感情が湧いた。
サイルに感じるのとは違った、愛情に似た温かな想い。わたしは、その場にいる全員をひとりひとり、愛でたくなっている。
そっか──こっちの方が、エルフの本能的な愛情だったんだ。
そんな心を抱くくらい、わたしもちゃんと成長してきたってことらしい。まあ、そうだよね。ここにいる先生の子どもの頃を知っているくらいだし。
わたしは隣のサイルに目配せをすると、咄嗟に頭の中で感想を組み立てる。
「『青い夕陽』、まさか最後、青い夕陽を壊しちゃうなんて驚きました。でも思えば、終わりがあるから儚くて、美しいなんて都合のいい話ですからね。子どもたちにはその前向きな心を忘れないでいてほしいと思います」
おお、ちゃんと言えた。手ごたえもばっちりで、わあ、と拍手が巻き起こる。
「私が言ったやつじゃん」
誇らしげに席に着くわたしの手を、サイルがきゅっとつねってくる。
「わたしの感想も混ぜたもん。わたしたちふたりの感想だよ」
「……もう」
サイルは照れたように顔を逸らす。うーん、先にちょっかい出してくるくせに、この恥ずかしがり屋なところも相変わらずで、かわいい。
◇ ◇ ◇
学校法は無事に議会に承認され、半永久的に続くオーダイトの正式な制度のひとつとなった。そう聞くと大げさだなあって思っちゃうけど、まあ、実績としては十分誇れるものになったんじゃないかな。
セレンくんは遂に、念願叶って海洋研究の盛んな外国に留学し、研究生活を謳歌しているらしい。こないだは、長年の夢だった海中に潜る機械にも乗れたという報告の手紙も届いた。
それは本当にめでたいことで、手放しで喜べる話題なんだけど──それ以外にサイルへの恋文じみたものが毎週のように届いていて、わたしは苦笑している。
「ほら、やっぱりセレンくん、サイルのことずっと好きだったんだよ」
「ええ? そんなわけないよ。こんなアンデッド相手に……」
なのに、その好意はサイルにはちっとも届かず、未だに仲の良い子くらいにしか思っていない。なんか……セレンくんにはいろいろ悪いことをしている気持ちだった。
でも、わたしの方が先に好きだったし、先に告白しちゃったんだから仕方ないよね。
まあ──ともかくこれで、わたしの仕事は終わった。
任期の最後の日、わたしは教研部に顔を出した。もうここに来るのも最後だと思うと、寂しくなってくる。
「おはよう、リア」
「おはよ、サイル」
サイルと挨拶を交わして自分の席に着く。もう、サイルとも上司部下の関係じゃなくなるんだ──あれ、そしたらただの恋人同士になるってことか。そう思うと急激に耳が熱くなってきた。まずい、エルフの耳は色がわかりやすいんだよ。
「ねえ、この先のこと、考えてきた?」
顔をぱたぱた手で扇いでいると、サイルが訊ねてきた。
「決めて来たよ。まあ、やっぱりわたしはこうだよねって」
「……私も」
「うん、ならきっと同じだよ」
わたしが告げると、サイルは嬉しそうに笑みを浮かべる。ほっこりする笑顔、いつまでも見ていたい。
「担当官、補佐官!」
そこへ飛び込んできたのはロクシル行政官だった。やたら長いローブの裾をばたばた言わせながら、わたしたちのもとへやってくる。
どん、と机に両手を置いて身を乗り出すと、鬼気迫る表情で言った。
「今日が刻限ですよ! 文部教育省学校事業部への配属の件、返事を伺いたい!」
わたしとサイルは顔を見合わせると、おかしくなってくすくす笑い合った。
この後任官が、わたしたちがお雇いであることを知り、愕然としていたことが昨日のことのように思い出せる。
『え、おふたりとも辞めちゃうんですか!』
『まあ、そういう契約なので』
『いやいや、ありえない! 私、突然担当回されて右も左もわからないんですよ! ずっといる人に辞められたら困る!』
そうして準備されたのが、学校事業部という教研部の後釜となるポストだった。こちらは任期無制限で、学校法のもと、各地の学校運営を総括する部署になるとのことだった。
わたしはサイルとこの件についてあまり話してこなかった。恋人になった以上、一緒の仕事に就く必要はないから、お互い自由にしようという暗黙の了解があった。
そして、示し合わせたわけでもないのにふたりして返事をしてこなかった。それで痺れを切らした行政官が直々に乗り込んできたのだ。こんなの、おかしくてたまらない。
「ま、まさか……おふたりとも離れてしまうのですか」
ロクシル行政官が真っ青になって言うものだから、わたしはついに吹き出してしまう。
「あははは。まあ、そろそろ返事しようかな」
「私も」
わたしたちは頷き合うとそれぞれ、用意してきたものを机の上に置いた。
ロクシル行政官は食いつくようにそれを眺め──パン、と両手を握り合わせて空を仰いだ。
「ああ……ありがとうございます!」
提出されたのは、二枚の契約書。
わたしたちは揃って、学校事業部への配属を希望していた。
「今更、違う仕事してるところなんて想像できないもんね」
わたしが笑いかけると、サイルはうなずいた。
「一緒の気持ちで、嬉しい……こんな私だけど、これからもよろしくね、リア」
「わたしこそ、よろしくね! サイル!」
例え、終わりがあっても、なくても、わたしたちは一揃いに歩んでいく。
生も死も抱きしめながら、天を目指す一本の樹木のように、太く、高く、どこまでも。
青い夕陽のその向こう 城井映 @WeisseFly
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