第22話 第2節 アンデッドと仕事の終わり
共通テストの正しい結果が認められたこと、成績が世界水準をゆうに達成していたこと──つまり、オーダイトの「学校法」が議会で承認されることを祝い、その晩は会場としていた講堂を使っての大宴会となった。
関わってきた人を全員招待したものだから、私が経験してきた中で一番の規模となる。リアはひっきりなしに挨拶しにくる関係者への対応で、忙しそうにしていた。
一方、私はアンデッドたちと改めて旧交を温めた。
五十人もいるから、話すことなんていくらでもある。アンデッドとして、どういう風に生きてきたか。どういう人と出会ったか。一番面白かったこと。一番辛かったこと。ひとりひとりに価値観があり、偶然があり、解答がある。もう二週間、ぶっ通しで話しても足りないくらいだった。
「まあ、これだけ生きればなんだかんだ、この命を受け入れるね」
「永遠に変わらないもんだと思ってたけど、それだけは変わったよ」
「ファデロウのことも複雑だったけど、ジジィになってるの見て、どうでもよくなっちゃった」
「恨んでもしょうがないっていうかね」
「僕は、アンデッドのみんなが自分と同じだったんだって知ってすごく安心した」
「うん。私も。自分だけが抱えこんでるものだと勝手に思ってた」
「そうね、だから、今回集まるきっかけをくれたサイルには感謝だね」
注目を浴びてしまい、私は慌てて首を振る。
「そんな、私こそ、ありがとう。みんなが集まってくれたおかげで子どもたちが救われたよ」
「そうね、それは本当に嬉しいよ」
「子どもなんて、永遠に無縁だと思ってたから」
「ね。自分、死んでるし」
「でもさ、そのあたりは既婚者の人どうなの?」
「あ、それ聞きたーい」
「聞きたい! え、てか夜とかどうしてるの?」
「ふふふ、聞きたい?」
「え、聞きたい!」
「聞かせて! 参考にする!」
「ごめん、ちょっと用事思い出したから、外すね……」
私はすごく恥ずかしくなってきてしまって、立ち上がる。
「サイル、
すると、そんな声をかけられた。
「な、なにが……?」
訊ねる私に、アンデッドたちは次々に言葉をかけてくる。
「私たち、きっとまた集まるよ」
「不謹慎な話、ファデロウが死んじゃっても大丈夫」
「ほら、五年後も同じテストあるんでしょ?」
「そうだよ。募集見かけたらすっとんでいくから」
「次は五日で片付けて、五日間ずっと喋ろうよ」
「だから、今はアンデッドってことを忘れてさ、頑張っておいで」
「べ、別にそんなんじゃなくって……」
嬉しくも、おせっかいな言葉たちに弁明しつつ、どうしてもリアの方に目を向けてしまう──すると、彼女の琥珀色の瞳と視線が合った。
その瞬間、ふわりと浮かぶような感覚に包まれる。
……綺麗な人。
未だに初めて会った時のように、新鮮にときめいてしまう。
私の中で、ずっと変わらない気持ち。
「……ごめんね。ありがとう」
アンデッドたちの視線を感じながら、私は席を離れ、講堂の外に出た。
喧騒が一気に遠のき、煌めく星空が私を見下ろす。その広々とした帳を間に私は立ちすくんでしまう。
なにをしてるんだろう。
私はこれから、一体なにを話すんだろう。
混乱する頭で呼吸を繰り返していると、背後で扉の開く音がした。
振り返ると──予想通りに、リアだった。
「サイル、どうしたの?」
「リア……ちょっと、酔い冷まし」
「なに言ってるの。酔わないくせに……まあ、せっかくだし一緒に歩こうよ」
リアはそう言って歩き始める。私は慌てて追いすがった。
「い、いいの? 挨拶回りとか、まだ……」
「いいの。この仕事も幕引きだしね」
「……まあ、そうだけど」
「ねえ、サイル。わたしね、サイルと一緒じゃない自分が全然想像できない」
リアは夜空を見上げながら言った。私は俯きながら答える。
「私も……実感がわかない」
「そうだよね」
だから、これからも一緒にいたい。あなたが好きだから。
たったそれだけのことが、出てこない。どうやって言えばいいか、わからない。喉も舌も、その言葉の伝え方だけ忘れてしまったかのように。
しばらく無言のまま、夜の街を行く。そのうち、ぽつりとリアが言った。
「わたし、ずっと考えないようにしていたことがあって」
「うん」
「たまに、サイルが見せる知らない表情のこと」
「えっ、なに、それ……」
自分では知りようのないことに私は戸惑う。
「ほら、いつかすごい喧嘩しちゃってさ、わたしが逃げてた時あるじゃん。で、サイルが追っかけてきて、ふたりで泉に落ちてびちゃびちゃになった」
「そ、そんなこともあったね……」
「あの時、サイルは見たことない顔してた。私になにかを、言おうとして」
ぞくり、と冷たいものが走って、私は歩みを止めてしまう。
リアも少し先で立ち止まると、私の方を振り返った。
「ねえ、あの日、サイルはわたしのことを『憧れ』だって言ってくれた。わたし、すっごく嬉しかったからそれで満足しちゃったんだけど……本当は、なんて言おうとしてたの?」
まさか、誤魔化したことがバレてたの? 私はきゅっと手を握りしめる。
「……なんで今、そんなこと訊くの」
問い返すと、リアはどこか切ないような顔をした。
「昨日、サイルがあの時と同じ顔をしてたから」
「……っ」
「サイル……教えて。なにを伝えたかったの?」
リアは動けなくなった私の方へ、静かに近寄ってきた。
少しでも手を出せば届く距離。深く吐いた息で髪先を揺らせる距離。
すぐそこに迫った大好きな人の顔から、私は視線を逸らしてしまう。
「──言えないの?」
その寂しそうな声音に、私は打ちのめされる。
「い、言えない……」
「……どうして?」
「わ、わからないから」
「なにが?」
「本当か、どうか……正しいか、どうか……だから、恐くて……」
「ふふ、かわいいね」
ふと、頬に温かいものが触れた。その正体が彼女の手だとわかった次の瞬間、くい、と顔を上げられる。
私の顔を覗き込むリアは──知らない顔をしていた。
深く澄んだ泉のような、清らかで、柔らかで、引き込まれる表情……。
「リ、リア……」
「わたし、サイルのこと、好きだよ」
きゅ、と胸が締まった。ずっと、わからなかった、その言葉──輪郭を確かめるように、私は恐る恐る、訊ねる。
「それは、どういう好き?」
リアは目を少しだけ細めると、その答えを囁いた。
「抱きしめて、キスしたい。今すぐ」
「え」
急に頬が熱を帯びた。リア以外の景色が真っ白に拓けていく。どこまでも、ふたりだけで落ちていくような浮遊感。
「そ、それって……」
「ねえ、わたしは言ったよ。サイルは──?」
とくとく、と早鐘を打つようなリアの鼓動が聞こえる。
リアは潤んだ瞳を私に向けていた。私は目を離せない。
それは、高いところから飛び降りてしまったような、そんな余裕のない表情だった。
あ。ああ、そうなんだ──リアも……。
「わ、私……」
だけど、どうしても言えない。代わりに涙がこぼれてしまう。
リアは親指で私の目元を拭いながら、悲しそうに眉を下げる。
「恐いの?」
「恐い……だって、私は……アンデッドで……リアとは、違うから……」
「……サイル」
「この感情を、見せてしまっていいのか、わからない……」
涙で彼女の顔が滲んで、なんにも見えなくなる。そんな中、いじけたような声が響く。
「もう、本当に……サイルって、そうだよね」
「だって……」
「仕方ないね。じゃあ、わたしが代わりに言ってあげる」
「なにを──」
リアはもう片方の手も使って私の顔を包み込むと、優しい声をして言った。
「サイルはわたしのことが好き。すごく好き。今すぐ……抱きしめて、キスしたいくらいに」
「あ……」
彼女の言葉を介して、自分の気持ちを聞いた途端──今まで抱いていた不安が嘘だったみたいに、消えていった。
あんなに恐がっていた自分がおかしいくらい、晴れやかな気持ちが広がっていく。
ああ、それはきっと、私がリアのことを、本当に大好きで、全てを信じ切っているからだ。
彼女の言うことなら、こんな臆病な私を遥か乗り越えて、素直に受け止められる。
──私はリアが好き。
──今すぐ、抱きしめて、キスしたいくらいに。
その瞬間、今まで抑え込んでいた感情が、私の身体を突き動かした。
リアの肩に手を置くと、身体が触れてしまうくらいまで近づく。
「リアも……私のことが好き……すごく、好き」
「うん、好き」
「……抱きついて、キス、しちゃいたいくらい」
「うん……」
「一緒だよ……」
私は絞り出すように、ずっと秘めていた想いのたけをぶちまける。
「私も……リアのこと、好き。ずっと、ずっとずっとずっと好きだった。初めて会った時から憧れで、いつの頃からか恋してた。ずっと目で追っちゃうし、眠ってるリアを見てキスしようともした。リアの席が空いてる時、すごく寂しくて泣いちゃいそうだった。かわいいって私にしか言わないって言った時は、もうこのまま死んでもいいって思った」
「そう、だったの……嬉しい、嬉しいよ──」
リアの声が淡く震えている。
私の言葉で、この気持ちで、リアを感情を揺さぶっている。
そう思うと、愛おしくてたまらなくなった。私は肩に乗せていた手を背中に回して、リアを抱きしめる。
「リア、これからも一緒にいよう。ずっとずっと、片時も離れたくない」
「うん。わたしも、同じこと、思ってた」
「一緒に流行りの劇を見よう。おいしいお店に行こう。知らない国に行こう。仕事の愚痴を言い合おう」
「うん。わたしも、サイルと一緒に全部、したいと思ってた」
「ずっとずっとずっと、世界から誰もいなくなって、ふたりっきりになっても、ずっと一緒にいよう」
「うん。でもその前に、すること、あるでしょ?」
「え──」
リアの顔がふっと近づいて、唇が合わさった。
柔らかく甘い感触がいっぱいに広がり、これまでの全てが流れ去っていく。
やがて顔を離すと、リアは満足気な笑みを浮かべていた。
「やっと、キスできた」
ああ、私、この人の恋人になったんだ。
そんな実感が押し寄せてきて──くたりと腰が抜けてしまった。
「え、ちょっと、大丈夫?」
「う、うん……なんか、その、嬉し、すぎちゃって……」
必死でリアの背中にしがみつきながら言う。リアはあはは、と笑い声をあげた。
「サイルの身体、火照って全身柔らかいチーズみたいだよ」
「や、やだ、恥ずかしい」
「ほら、唇も……ねえ、今度はサイルの方から、して」
リアは私の唇に指を触れながら言う。今まで感じたことのない、身体の底から這い上がる興奮に任せて、私は顔を近づけて彼女にキスをする。
感触と、熱と、息と、唇。
わたしたちは、暗がりの中、混じり合って、ひとつに溶けていく──。
こんなにも夜が明けて欲しくないと思ったのは、生まれて初めてだった。
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