第21話 第1節 エルフのはちゃめちゃな二週間

 はちゃめちゃな二週間が始まった。


 ファデロウさんに協力してもらえることがわかって大興奮した翌日、私とサイルは別行動で再採点の準備を進めた。


 まず、私は教研部に緊急事態を告げにいく。採点内容を確認したらとんでもない出来だったことを、いくつか持ち帰ってきた実回答と採点表を比べて説明した。その時に走った動揺といったら、この事業が立ち上がって初めてだったかも知れない。


 職員さんには全作業を止めて、採点に専念してもらう。全国の学校関係者に、協力してほしいという募集を突貫で刷って手配、同時にメレジー採点に従事していた人たちにも延長案内を出す。主任さんが病んでいただけで、気力ある人がいるはず。あと、会場に手つかずで放置されていた機構からの手紙を参考に採点資料も作り治す。超多忙だった。


 サイルはファデロウさんと現場に入って、アンデッドさんたちの手配を担当してくれる。

「二十人来てくれればいい方かも」と言っていたけど、サイル二十人分と考えると十分すごい。それで工数を計算してみたら……微妙な数字だったけど現実的ではあった。どうにか他の種族の人を集めて補えばいける。


 こんな大胆に動いていたのに、クラリスさんからはなんの反応もなかった。きっと、間に合わないと確信しているからだ。今後もしれっと続投するつもりなら、あえて嫌われる真似をすることはない。どこかで高みの見物を決め込んでいるはずだった。


 もう──ほんとむかつく。わたしは怒っていた。ほとんど怒りのパワーで動いていた。


 それでも準備に三日かかってしまった。残り十日で百万枚。わたしたちは教研部を空けて、はるばる現場へと向かう。泊まり込みで採点だ。


 会場である講堂の扉を開けると、既に人が集まっていた。ざっと数えて五十人くらい、和やかな雰囲気で談笑している。


「リアっ」


 と、サイルがわたしのほうに駆け寄ってきた(かわいすぎて、危うく抱きつくところだった)。


「サイル、お疲れ様。時間前なのにたくさん人来てくれてるね。メレジーさんの時から来てくれてる人たち?」

「ちがう、全員アンデッドなの!」

「え……ええ?」


 確かに、よく見てみるといろんなタイプのアンデッドさんたちだった。ここまで数が揃って、普通に喋っているところを見ると、全然普通の人たちと見分けがつかない。圧巻だった。


「昨日くらいから続々集まってきたんだけど、ほとんど全員来てくれたの」

「え、そうなの! すごいじゃん!」

「ね! 『召集』がほとんど初めてかかって、初めて同種で集まれるって来てくれたんだって。みんな、他のアンデッドのことを気にしてたんだなって思ったら嬉しくなっちゃった。ファデロウもやってよかったって大泣きしてたよ。まあ、仕事ないからもう帰ったけどね」


 サイルにしては珍しく興奮気味でまくしたてた。眠っていないのか、底が抜けている気がする。


「よかったねえ……本当に」


 その様子にわたしまで嬉しくなると同時に、寂しくしてたのはわたしだけかあ、と切なくなってしまった。


 いやいや、そんな個人的なことを考えてる場合じゃない!


 わたしたちはほどほどに会話を切り上げ、準備にとりかかった。


 そのうち、続々と人が集まってくる。


 誰がどういう人で、どんな研修が必要で、どこに座ってもらうか、次々判断していかなくちゃいけないので、頭から蒸気が出そうになった。


 ──というか、続々と集まりすぎている!


 席が足りないと言われて、周辺の家から椅子や机を借りてこなくちゃいけなくなった。道具も足りないので開店前の雑貨屋に走る。その日に渡す賃金も足りないので銀行に走る……開始前からわたしはヘロヘロだった。


 ただ、裏を返せば、それだけの人が呼びかけに応えてくれたということだ。


 近場の学校の先生たちは「授業の合間に」と来てくれたし、教研部の元職員の人も「リアさんがピンチと聞いて!」と駆けつけてくれた。メレジー採点からいた人も「あの外国人、変だと思ったんだよ」と快く続投に応えてくれた。


 びっくりするような人もいた。近郊の有名な塾「ステラ・テーブル」の先生も来てくれたのだ。一年目の調査で何度も伺ったけど、学校反対派の人だったのでよく覚えている。


「え、ステラの先生! お忙しいところをありがとうございます」

「学校と違って授業は夕方からなんでね。午前だけです」


 すっかり白髪まみれになった「ステラ」の先生は苦笑すると、気まずそうに言った。


「しかし、オーダイトにちゃんとした学校ができるとは。私が間違っていた。せめてものお詫びをさせてください」


 その一言に、思わずわたしはうるっときてしまった。


 そのほか、出張先で知り合った人や、教師学校に通っている子たちなど、いろんな人が助けに来てくれた。

 人であふれかえった講堂を見て、胸がいっぱいになる──けど、ここからが本番だった。


 わたしは講壇に立つと、声を精一杯に張った。


「みなさん! 今日は集まっていただいて、本当に、ありがとうございます! 十日で百万枚の採点とか、もう、とんでもないことになってますけど……ここにいる人たちなら、絶対につけきれます! オーダイトの子どもたちはこんなにやれるんだぞって、世界に見せつけてやりましょう!」


 おおーっ! と歓声が上がった。


 まるで合戦のような雰囲気だけど、行われるのは地道にして過酷な採点作業だった。


 実際に現場が回り始めて、メレジーさんの言っていたことは大げさじゃなかったんだと気が付いた。とにかく大量の答案が行きかうのだ。これを一枚も紛失せず、混同もせず、クラス単位で管理しないといけない。


 それでいて、採点者さんを手持無沙汰にするわけにもいかないので、ゆっくりもできない。常に新しい答案を倉庫から運び入れて、済んだ答案をそれとわかるように戻さなくてはいけない。


 同時に、正しく採点がされているかも確認する。採点者さんは学年ごとに分担しているので一学年ごとに集中できるけど、こちらは九学年分の問題と答えを頭に入れておく必要がある。頭が爆発しそうになりながらチェックして、誤採点を見つけて本当に爆発する。


「枠外に出ちゃってる回答は別に読んじゃっていいです!」

「誤字は大目にみてあげていいです!」

「模範解答以外でも主旨があってればマルでいいです!」


 わたしは勘違いを発見するたびに周知の声をあげて、差し戻していく。


 あああああああああ、忙しい!


 職員さんたちと手分けしてやっているけど、ほとんど常に動きっぱなし考えっぱなしだ。あの主任さんはメレジーさんのもとで、こんなのをわけもわからず二か月半もやっていたのかと思うと、本当に苦労が偲ばれる。


 そうしてあくせくするうちに、一瞬で陽が落ちた。


「本日の業務終わりの時間になりました! ありがとうございます! 残れる方は残っていってもらえるととても助かります!」


 夜になると、アンデッドの方々と一部の優しい人だけが残るので、比較的楽だ。この隙に、わたしはあれこれ整理・処理を進め、体力の限界を感じたら講堂の小部屋に持ち込んだ布団に倒れ込む。


「リア、もう休む?」


 まどろみの中、サイルの声がする。


「んう……もうだめだあ……」

「うん、お疲れ様。アンデッド組は引き続き、進めておくから」


 今もなお、カリカリと作業の進む音がする。なんて頼もしい。


「ありがとう。辛くない……?」


 それだけが心配で、わたしはか細い声で訊ねる。サイルはわたしの髪に触れながら、首を振った。


「平気、全然辛くないよ」

「嘘つかないの。無理しないでね」

「……ありがと。おやすみ」


 サイルの甘い声に包まれて、わたしは眠りに落ちる。


「リア、起きて! 朝!」

「えぇっ!」


 そして、次の瞬間にパシパシと起こされる。う、嘘だ。一瞬だったよ。なんてこと、夜が溶けちゃった……。


 全然休んだ気がしないまま、次の日が始まる。


 一日が終わる。


 お布団の中。サイルの声がする。


「リア、もう限界?」

「はい……」

「……その前に、問い合わせ来てるの答えてもらっていい?」

「はいぃ……」

「リア、朝!」


 そして、次の日。


 もう、記憶がないくらいに大変だった。


 でも、一日の終わりと始まりにサイルがいてくれて。


 一緒に暮らしているみたいで。


 大変だけど、不思議と幸せな気持ちに溢れていた。

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