第20話 第3節 アンデッドの告白
ふう、と息を吐くと、私はファデロウに向かい合った。
「それで、本当はできるんだよね……『招集』」
「──いや、だからできないんだって。聞いてくれよ」
ファデロウは頑なだった。そんな彼を私は小さく笑う。
「私も、ずっとそうやって現実から逃げてきた。どうして私なんかが生きているのか。なんのために生きていけばいいのか。わからないけど辛いのが嫌だから、目の前のことばかり考えて生きることを選んだ。自分には関係ない、流行の物語とか劇をなんとなく見て、なんとなくご飯を食べて、なんとなく眠って、なんとなく働いて……そうやって、この先に横たわる永遠の時間から目を逸らして、考えないようにしてきた。あなたのことを許さないのか、許すのか、ということもね」
「……あんただけじゃない。あの日のアンデッドはみんなおれのことを恨んでいる。そんな連中を招集かけて、どうなるかわかったもんじゃないだろう」
ファデロウはついに本音を口にした。
やっぱり。そんな恐れから、リアの必死の願いを却下していたのか。
「話はちゃんと聞いて。私はあなたを許すべきかどうか、悩んでた。許さないままでいるには、私たちの命は長すぎる。迷い続けるのだって辛いの。あれからもう何十年も経った。誰か本当に恨んでる人がいたなら、あなたはとっくに殺されてるよ」
「ああ……あんたの顔を見た時、今日がおれの命日になると思った」
「今はそんな世の中じゃない。アンデッドを受け入れる社会の仕組みもあるし、偏見を持つ人だって減った。アンデッドたちはきっと、いろいろな葛藤の中で落とし所と居場所を見出して、平穏に暮らしてると思う」
ファデロウはテーブルの表面を指先でこつこつ叩きながら、私を見る。
「……それは、あんたもか? あのエルフとは随分、仲が良いみたいだったけど」
「彼女は……」
今、どきまぎしつつ小屋の外で待つリアの姿を想うと、胸がくっと詰まった。
アンデッドの報復を恐れるこの男を説得するには、どうしても話さないといけない。
渦を巻くような不安と──爆ぜるような衝動。
私は暴れだしそうななにかを肌の下に押し込めて、ファデロウをまっすぐに見据える。
「リアは……なんとなくまみれだった私の日常を変えてくれた。私のやることは全部、辛くならないのに必要なことだと思って、なんとなくこなしていただけと思っていたけど──彼女と出会って、彼女がその日常の中にいるようになってから、考えが変わった」
息を切って、私はテーブルに視線を落とす。
「劇を見るのも、物語を読むのも、ものを食べるのも、仕事をするのも、息をするのも……全部、好きだったんだって気がついた。ただ、辛さから逃れるためじゃない。全部、好きで、私がやりたくてやっているんだって。彼女のおかげで、この、好きだって気持ちを受け入れられるようになった」
「……」
彼女と過ごす日々の中、常々思っていたことを口にしてしまっている。その興奮が駆け巡って、全身が燃えるみたいだった。
その熱さを抱えたまま、私は言い切る。
「そんな彼女が、私は、大好きで……私はずっと、恋してる」
ずっと秘めてきたその言葉は、想像よりもずっと情熱的で切実な色を帯びていた。
「なっ──アンデッドが……嘘だろ……そんなバカな……」
ファデロウはよほど驚いたのか、口をがくがくと戦慄かせている。
私はきっと睨んだ。
「だって、そうなっちゃったんだから仕方ないでしょ」
「参ったな。おいおい……えー、そりゃまあ……うわあ、そうかあ……」
「とにかく──」
なんだかやけに感嘆されるので、恥ずかしさもあって私は強引に話の流れを引き戻す。
「私は今、生きててよかったって心の底から思ってる。だから……面と向かってこんなことを言うのは嫌なんけど……この世界に連れてきてくれたあなたには──今では、とても感謝してる」
あぁ。なにもかも言ってしまった。
これだから来たくなかったんだ。きっと、全部話してしまうから。
でも、この告白は必要だった。アンデッドの私が、曲がりなりにも居場所を見つけ、平穏に暮らして、当たり前のように恋をしている。
そんな例を示してやらないと、この「親」はいつまでも、あの事故の日から目をそむけたままだろうから。
「サイル……おお、おおお、おおおおお……」
突然、ファデロウは顔面を手で抑えると、横を向いてうずくまってしまった。
一瞬、なにか病気の発作かと思い、私は焦って立ち上がる。
「ちょ、ちょっと、大丈夫……って、泣いてるの?」
「おおおおおぉ……お前、だって、そりゃ、泣くよ、こんなもん」
ファデロウは顔を上げると、細めた目から涙をこぼしながら言った。
「おれはあの事件で人生がめちゃくちゃになったんだ。社会的に処刑されて、家族にも逃げられて、アンデッドに恨まれ、ひとりぼっちになっちまった。何度も死のうと思ったが勇気がでなくて死にきれずに、ずるずる無駄に長生きしてこのザマで……人に迷惑ばっかかけて、なんの意味もない人生だと思ってた。思ってたのによ! こんな! おれが生んじまったアンデッドが、こんな素敵な話聞かせてきてよ! 突然、孫娘ができたみてえな気分だよ!」
私は圧倒されながら、泣きむせぶファデロウを見つめた。老いた男が感情を剥き出しにするのは初めてみたけど、凄まじいものがあった。
私の数十年が逡巡の連続だったなら、彼の数十年は後悔の連続だったのか。
ただ悲しいのは、その年月が同じ重さではないということ。
私は時の止まった娘のまま、ファデロウは老いた。
もっと早く和解できていれば、なんて無理な話だった。今が、きっと、その時だった。
私はやりきれない想いを抱えつつ、言う。
「ねえ……私の好きな人のために、好きな人の愛するもののために、どうか、力を貸してほしい。それで──この仕事が終わる時に、きっと……私はリアに告白する」
「告白……くあああ、もう、わかったよ」
どん、とテーブルに手をつきながら、ファデロウは言い放った。
「そうしたら、おれも腹を決める。どうせ天命近いんだ。殺されようが、恨まれようが……全部受け止める。『最後の世代』アンデッド、全員招集だ。そんで……舐め腐ったクラフデン野郎どもをぎゃふんと言わせてやろうぜ」
「……ありがとう」
どっと肩の力が抜けた。よかった。よかった……。
まだアンデッドが集まるかどうかはわからない、けど、きっと、みんながわたしと同じように葛藤の中で生きてきたのなら集まってくれるはず、という希望があった。
同時に、もう引き返せないんだと、はっきり悟ってしまう。
私はどうあってもリアにこの想いを伝えるんだ。
なのに、どこか他人事なのはどうしてだろう。
きっと直に考えられないほど、恐ろしいからだと思った。この恐さをずっとずっと、変わらないままに抱えている。
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