第20話 第2節 アンデッドとして生まれて

 私たちは無名墓地の敷居をまたいだ。私にとっては四十三年ぶりの里帰りになる。


 四十三年……そういえば、私を蘇らせたあの人間は生きていれば相当の高齢になっているはず。もし、亡くなっていたら──いや、その時に考えよう。


 墓地の風景は記憶にあるものとさして変わらなかった。手入れの行き届いた小ぎれいな小道と、整然と並んだ墓石。今でも無縁の死者だけを受け入れているようで墓標はどれも無銘だ。


 私たちは言葉少なに墓石の合間を抜けると事務所に向かった。

 と、ちょうど中から事務員らしい女性が出てきて、申し訳なさそうに声をかけてくる。


「あ、すみません、受付はもう終わっていて」

「いえ、あの……ミルシュ・ファデロウさんに用がありまして。あ、私、治部から来ましたリア・メロウルと言います」


 リアが私に代わって言った。その傍らで私は黙りこくっている。


 ミルシュ・ファデロウ。死霊術師の末裔。その名前を聞くと心が揺らぐ。


 彼は私たちを蘇らせておきながら、事故の被害者みたいな顔をしてまんまと責任を逃れた人間だった。そのせいで私たちはなんの目的も与えられないまま、現世を彷徨することになる。


 彼に対して私は……なにをどう思えばいいか、わからないまま生きてきた。できれば一生会わずに済めばいいと思っていた。


 それが、こんな形で再会することになるなんて。


「はあ、お役人さんがどうしてこんな……」

「この子がファデロウさんに会いたいということで参りました」


 事務員は私を怪訝そうに見て、それからはっと目を見開いた。


「ま、まさか……ア、アンデッド、ですか……」

「危害を加えに来たわけではありません。ただ、話がしたいとのことです。安全はわたしが保証します」


 エルフのオーラ全開のリアを前に、事務員は戸惑いつつ掛け合ってみると約束してくれた。敢えて治部所属(一応嘘じゃない)ということにしたのも効果的だったと思う。


 ファデロウは存命で、墓地の隅にある小屋に暮らしているらしい。大陸から逃げ込んできた死霊術師の家系で、代々無名墓地の管理を行ってきたという。


 事務員が小屋の戸をノックして、声を張った。


「ファデロウさん、お客様がいらっしゃってます。治部の方と……その、アンデッドの方が、ファデロウさんにお会いしたいと」


 静まり返っていた小屋の中に動きを感じた。明らかに、アンデッドという言葉に反応している。


 やがて扉が開き、中から重そうなローブをまとった老人が姿を現した。


 ファデロウだった。


「あ、あんたは、おれが……?」


 皺の合間から除く目が私をじっと捉える。

 私も同じ感想だった。この人が私を生んだらしい。あまりにも実感がわかない。からからに乾いた感慨だけが、ただ流れ去っていく。


「うん。私は、サイル・エイトシー……あなたが蘇らせたアンデッドのひとり」

「サイル……今更、おれになんの用だ」


 警戒というより戸惑いの色が濃かった。


「お願いしたいことがありまして。少し込み入った話になります」


 そう切り出したのはリアだった。ファデロウは少し硬直した後、事務員に目配せをした。


「あんたは帰っていい。……君ら、入って」


 促されるままに、私たちは彼の小屋に入った。

 内装はこざっぱりとしていて、物も少なかった。ひとりで暮らしているようだけど、それにしても生活感が薄い。何十年も暮らしてきた痕跡を、敢えて隠しているみたいだった。


「治部とは何十年も前に話をつけたと思うが」


 ファデロウは水差しから木製のコップに水を注ぎ、簡素なテーブルに着いた私たちに供する。細長い足場の上にいるような、ゆっくりとした動作だった。隠居したパンドン元行政官よりも高齢かも知れない。


 彼の言葉にリアが答えた。


「今日伺ったのは事故に関してではありません」

「では、なんの甲斐もない墓守りにどんな用が……」

「数か月前、全国の学校で全世界共通テストというのが行われまして」

「は、はあ? テスト?」


 確かに突拍子もないと思いつつ、私はリアが今の状況を説明するのに耳を傾ける。

 ファデロウは何故、自分がこんなことを聞かされているのかわからないという表情で話を聞いていたけど、やがて、短期間での再採点を検討している段階だと話が進んだところで、ようやく合点がいったように眉間に皺を寄せた。


「まさか……その採点をさせるために、おれにもう一度、アンデッドを作れというんじゃないだろうな」


 さすが曲がりなりにも、アンデッドについて理解している。

 採点という単調にして膨大な量のある仕事に対して、アンデッドの無尽蔵の集中力はかなり相性がいい。もし人数を集められれば圧倒的な効率が出せるはずだった。


 ただ、ファデロウの言葉に、リアはとんでもないと両手を振る。


「いえいえ、そんなこと頼めません。死者の蘇生は現在、禁止されていますし……あなたも絶対にやらない」

「……ああ。そうだ。もう、あんな、命を冒涜するようなことは起こさないと誓った」


 ファデロウは控えめな眼差しを私に向けた。私は黙ってそれを受ける。この男が、私に対して負い目を感じていることを、ひしひしと感じた。

 複雑だった。この男が反省しているのはいいけど……『命の冒涜』の結果、生まれた私はなんなのか。この道徳の暗がりが怖くて、私は彼と会うのをためらったのだった。


 そんな臆病なわたしの背中を押してくれた、リアが言う。


「ですが──アンデッドの『召集』はできますよね」


 その台詞にファデロウは目を見開く。


「な……どこでそれを」

「これでもオーダイトに学校を作っていますので。昔の文献にありました。もともと死霊術は不死兵を使役する戦争の技術……その施行者には、蘇らせたアンデッドと意思伝達ができるようになっていて、いつでも特定の場所に召集をかけることができる、と」


 実際は、私が本能的に知っていたことだった。

 アンデッドは結局、死霊術者の操り人形でしかない。蘇った私たちが自由放免となったのは、無責任さからではなく、むしろ寛容さからだった。


 ファデロウは大きく息を吐いた。


「なるほど。考えたな。最後の世代のアンデッド五十三人を招集してくれと」

「はい。当然、仕事量に応じて謝礼も払います。あなたにも」

「……全員、どこでなにしているかわからない。応じるかどうかもわからない」


 一応、「召集」は単なる命令で、尊厳を踏みにじる凶悪な刑罰が対価としてあった大昔と違って、今はその呼びかけに応じる義務はない。


「見込みが少ないことはわかっています。でも、わたしたちが縋れるのはこれしかないんです。どうか……お願いします」


 そう言って、リアは頭を下げた。その姿に胸が締め付けられる。

 私も倣ってそうするべきだった。けれど……どうしてもできなかった。ただ黙って、ファデロウの顔を凝視するだけ。


 ファデロウは考え込むように腕を組んで唸ると、やがて、苦しそうに口を開いた。


「……応じてやりたいのはやまやまだが、死霊術は取り潰した。代々伝わる魔導書スクロールも破棄したし、老いさらばえたこの頭に覚えもない」


 その答えを聞いて、私は落胆するよりも、やっぱりな、と思った。

 不服だけど、その気持ちはわかってしまう。この人も、私と同じだ……。


「そこをどうにかなりませんか! この五年あるかないかで、子どもたちにとっては全然違うんです! お願いします!」


 リアは立ち上がり、必死に懇願した。テーブルについた手に巻かれた包帯が痛々しく、私はつい目を逸らしてしまう。


「そう言われても……できないもんはできないもんで。わかるでしょう」


 ファデロウは動じない。

 きっとこの男にとって、子どもがどうとか、未来がどうというのは興味がないんだ。この生活感のない家を見ればわかる。ただ寿命が尽きるのを静かに待っている、そんな佇まいだった。


 ……この場面で、私は。


「リア」


 懇願を繰り返すリアの腕を取った。リアは頭を下げた姿勢のまま、私を見る。


 ──諦めちゃうの?


 そんな悲嘆が満ちた目元を見て、私の心は決まった。


「ごめんね、ちょっとだけ外してくれる? ……話したいことがあるの」

「え……うん、わかった」


 リアは言いかけた言葉を飲み込むと、すぐにぺこりと頭を下げて出ていった。私に委ねようと、すぐ決めてくれたみたいだった。その気持ちがすごく嬉しくて、同時にものすごい緊張が襲いかかってくる。

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