第20話 第1節 アンデッドと埋立地
ぎりぎりまで迷ってしまった。目の前で、彼女が泣いていたのに。
その再採点の策は、メレジーのおざなりな採点が発覚した時点で、私の脳裏には過っていた──けど、どうせ無理だと思ったし、なにより私自身の心の抵抗がすごくて、言えなかった。
でも、彼女の手に滲んだ血の色が、私のそんな甘えた心を打ち砕いた。
私の身体には縁のない鈍い赤色。生きた者の匂い。ぬめりと、熱さ。その血を介して、私は、リアの感じた途方もない痛みを知った。
彼女の痛みに比べれば、私の葛藤なんて果てしなくちっぽけに感じて……私は、ようやく迷いを振り切ることができた。
振り切ったけど、彼女についてきてほしいとお願いしてしまったのは、勇気のなさからか、彼女に知ってほしいという欲心からか。両方だと思うと情けなくなる。
それにしても……もう二度と行かないだろうと思っていたあの場所に、リアと一緒に戻るなんて因果なものだと思う。
私たちは首都に戻ると、港で船に乗った。
行き先は埋立地域。
オーダイトの歴史は、首都よりも埋立地域の方が古い。
大昔、大陸のあちこちで戦争が起こっていた時代、戦火に
住民は種族を問わず、悲惨な境遇にある人々を次々に受け入れていった。多様な種族を擁するこの海上都市はあらゆる攻撃を防ぎ、どんな屈強な攻め手も屈服させ、無類の強さを誇ったとか。
やがて、戦争が下火になった頃、海上都市の住民は島嶼部に散らばっていき、現在のオーダイト島嶼になった。「国」という枠組みがいらないほど、住民の帰属意識と結束力が高いのは、そういう歴史があるからだ。
私たちが埋立地域に到着したのは、陽も暮れかかった頃のことだった。
「ここになにがあるの?」
港町を抜けて、街道を歩いていると、リアがおずおずと訊ねてくる。
ここに来るまで、どこに行ってなにをするつもりなのか、私は話せないままでいた。
でも、いい加減、伝えないと──。
「昔……この海上都市はとても強かったけど、犠牲者がゼロだったわけじゃない」
リアが話す流れを作ってくれたのに、すぱっと言えない。リアは不安で仕方がないはずなのに、私の回り道に相槌を打ってくれた。
「うん。歴史の話は教科書作る時、散々校訂したからね」
懐かしい。歴史の話を子どもにどう伝えるか、とても苦労した覚えがある。
私は小さく深呼吸をすると、続けた。
「亡くなった人の中で、家族とか友人とか、引き取り手がいる人は、海葬で海に流されたり、戦争が大陸に引いていった後で本島の方にお墓を移したりされた。でも、無名のままにここに流れてきて、無名のまま死んでいった人は──ここの墓地に残された」
そこまで言うと、リアは察してくれたみたいだった。はっと包帯の巻かれた手を口元にあてがう。
「そっか……あの、死霊術事件があった場所って……」
「うん、そう」
遠くに見えてきた看板を見つめながら、私はうなずいた。
その看板には「オーダイト無名墓地」とあった。
「あそこ。アンデッドの最後の世代が生まれた墓地……私の地元、っていうのかな」
「ねえ、サイル、二週間で間に合わせる案って──」
「……ごめん、自信なくて言えなかったけど、ちゃんと話すね」
リアが張り詰めた表情をするので、私はようやく考えを伝える踏ん切りがついた。
「これから私を蘇らせた人に会って……死霊術をしてもらうようにお願いする」
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